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アウフヴェルツ家の三男エーヴィヒがエーレに提供した先の大会の動画ファイルは、レングストン家の選手達の戦闘力を短期間で格段に向上させていた。
選手の細かい動きが見易く、場面ごとの位置関係が分かり易く、全体の流れが把握し易い試合動画は、それを繰り返し見るだけでも、
「あ、ここで技を出す時、いつも同じ癖が出てる」
「対戦してる時は分からなかったけど、意外とあの選手隙があるのね」
「人の事は言えないや。私もかなり足運びがぎこちない……」
自然と分析力を上げてくれるものである。
それまでララメンテ家に遅れを取っていた「分析力」を、この動画ファイルが補った結果、全体的にレングストン家が他家に対して優勢な状況となっているのだが、そんな裏事情を知らない一般の観客達は、
「何だかんだでホームでの戦いは有利なんだな」
位にしか思っていない。そう思っているのはまだいい方で、
「どうせ最後に残るのはエーレかコルティナだろうけどよ」
その二人の戦いにしか興味がない者が大多数である。
もっとも、当事者であるレングストン家のエーレ以外の選手達は、
「あの動画のおかげで強くなった気がする」
と、その予想を上回る効果に興奮しており、途中で敗退した事も観客が自分達にあまり興味がない事も、さほど気にしていない様子であった。
無論、動画提供者エーヴィヒへの評価は急上昇し、エーレを複雑な気分にさせている。
「確かにあのストーカーの功績を認めない訳にはいかないわ」
準決勝でコルティナとの戦いに臨む直前、他家の選手を多数破った末に敗退していたティーフへ、そんな事をこぼすエーレ。
「エーヴィヒさんはそんなに悪い人だとも思えない、と言ったら、気を悪くするか?」
ティーフが苦笑しつつ言う。
「悪い人じゃないから余計タチが悪い、って事もあるのよ」
エーレはそう答えて観客席のある一点を見据えた。そこにいるストーカーは、試合に直接関係ないこの光景もしっかり録画している事であろう。
「利用出来るモノは利用するけれど、それ以上は踏み込ませない様に気を付けないとね」
「エーレの方が悪女っぽいんだが」
「悪女」という言葉にどことなく大人の香りを感じたのか、ちょっと機嫌をよくするちっちゃなエーレ。
そんなちっちゃなエーレのご機嫌な表情を録画しつつ、口元をほころばせている観客席のエーヴィヒ。




