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「予想していた事とは言え、ついにマントノン家の大会で、ララメンテ家の選手の優勝を許す事になるとは」
マントノン家の屋敷の書斎で机に肘を突いて座る前々当主のクペは、可愛い三人の孫娘達を前にしても、やはり落胆を隠しきれない様子。
「エディリア剣術界最大手のマントノン家にあるまじき失態、現当主として深く恥じております」
と言った後で、長女シェルシェはにっこりと笑い、
「ですが、相手はあのコルティナです。今やその実力に関しては世間も周知の魔物に敗北したとて、マントノン家の名誉が損なわれる事もないでしょう」
続いて次女ミノンも、
「コルティナもエーレも昨年の大会から、一層強くなっています。今回は勝つべき者が勝った、それだけです」
悔しさなど微塵も感じられない、いっそ晴れ晴れした笑顔で言い切った。
「あの二人を倒すのは、二年後にミノンお姉さまが高校生の部に出場するまで無理でしょうね」
三女パティも、特にマントノン家の敗北に思う所はないらしい。
三人の可愛い孫娘達にシビアな意見を容赦なく述べられ、ある意味追い討ちをくらった形のおじいちゃまは、
「シェルシェ、せめてお前が大会に出られる身であったら、と思わざるを得ないよ」
ついにあり得ない仮定の話に現実逃避を始めてしまう。
「ふふふ、それは言いっこなしです、おじい様。以前、エーレに優勝を許してしまった時、『敗北は敗北として、そこから何を学び取るかが重要なのだ』、と仰っていたではありませんか」
そんなおじいちゃまを励ます様に言うシェルシェ。
「確かに言ったな。だが、あの時と今とでは少し事情が違う。正直、今回の敗北から学び取れるのは、『当分エーレとコルティナには勝てない』というネガティブな結論になる様な気がしてならない。レングストン家もララメンテ家も恐るべき才女に恵まれたものだ」
おじいちゃまはそこで言葉を切って、可愛い孫娘達を眺め渡し、
「もちろん、お前達三人もあの二人に引けを取らぬ自慢の才女だが」
ちゃんと祖父バカを付け加える事を忘れない。
「ありがとうございます、おじい様。ですが、私達を褒めて頂いた所で状況は何も変わりません。あの二人の魔物は例外と割り切って、それ以外のレングストン家、ララメンテ家の道場生達に勝利する事を、残り二大会の高校生の部の目標とするべきでしょう。突出した強者を制せずとも、中堅同士の戦いで圧倒すれば、マントノン家の流派としての優位は十分保たれます」
「今大会でも、あの二人以外には優勢だったな。ホームの有利もあるが」
「はい。こうした晴れ舞台では優勝という華やかな成果だけに目を奪われがちですが、小さくとも実のある数多の地味な勝利をおろそかにすべきではない、と思うのです」
「お前の言う通りだな、シェルシェ。名家のプライドに囚われて、つい本質を見逃してしまう所だった」
高校生の孫娘に諭されてしまうおじいちゃま。
「ふふふ。つい偉そうな事を言ってしまいましたが、そう言う私自身が割り切れていないのが現実です。主催者席に座っている時など、特に――」
シェルシェの笑みが妖しさを帯び、全身から凄まじい殺気が放たれ、その場にいたミノン、パティは言うに及ばず、クペまでもが背筋にゾッとする寒気を感じてしまう。
「『今すぐあの魔物達と一戦交えたい』、などという子供じみた妄念に心を支配されそうになるのです」
「お前が一番の魔物だ」、と誰もツッコめない所が辛い所である。