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試合の残り時間もあとわずか。互いに一本取っており、先にもう一本奪えば勝利という、非常に緊迫した場面の中、魔物とツンデレ、もといシェルシェとエーレは間合いを取っての静かな睨み合いを続けていた。
両者蝋人形の様にほとんど静止しているが、よく見れば、シェルシェの中段に構えた剣の微かなゆらぎに合わせ、エーレは前方に突き出した左の短剣の位置を小刻みに調整している。
動きこそ少ないが、実の所、相手の挙動を必死に読み合っており、両者共に、
「次の一撃で、勝負を決める」
というベタな結論に向かって、最高の一撃を繰り出すべく、精密な照準を合わせ続けていたのである。
左の突き出した短剣で防御、右の振り上げた長剣で攻撃、というエーレに対し、その短剣の防御を突破して、なおかつ長剣を振り下ろされる前に相手を打つ、という形となるシェルシェ。
平たく言えば、タイミング勝負である。
二人の戦いは、ネズミ捕り対ネズミの、チーズを賭けた戦いにも似ていた。バネが作動してネズミが挟まれたらネズミ捕りの勝ち、挟まれる前にチーズをかっさらえばネズミの勝ち、という具合に。
一秒一秒が妙に長く感じられる、静まりかえった会場で、
「これは延長戦に入るかな」
と、多くの観客が思い始めた頃、エーレとシェルシェがほぼ同時に前へ跳んだ。
エーレは左の短剣で頭部を防御しつつ、右手を伸ばして長剣で相手の頭上を素早く打つ。
シェルシェは、エーレの挙動を見切って、迷いのない剣をガラ空きの右胴に叩きこむ。
素人目にはほぼ同時に思えた二つの打撃だが、
「勝者シェルシェ」
審判はシェルシェが一瞬早かったのを認め、その勝利を告げた。
「レングストン家の令嬢がマントノン家の令嬢に、ホームグラウンドで負けた」
観客のそんなざわめきが耳に入って来ても、全力を出し尽くして戦ったエーレは家の事情など気にする様子もなく、この結果を満足して受け止めている様子であったが、
「ツンデレが負けた」
という言葉だけには、
「誰がツンデレよっ! か、勘違いしないでよねっ!」
と言い返したくなるのを堪えるのに必死だったらしい。