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そしていよいよ、その年のマントノン家の剣術全国大会が開催される。
初日は小学生の部であるが、巨大な大会会場の観客席を埋め尽くす多くの人々のお目当ては、幼児向けテレビ番組中のミニコーナーで「剣のお姉さん」として、小さい子と若い主婦に絶大な人気と知名度を誇る「変態」、もとい「大道芸人」ことパティ・マントノンただ一人。
もちろん、地味に実力のある選手は他にも多数出場しているのだが、今やエディリアの国民的美少女アイドルとなったパティは別格で、その華麗な試合を観戦していたコルティナの言葉を借りるならば、
「会場まで来てくれたお客さんに、入場料分だけの満足感を与える事に成功してるねー」
という状況である。
「テレビタレント業に時間を取られて、剣の方がおろそかになるんじゃないかと心配したけど、杞憂だったみたいね」
別の場所で観戦していたエーレが双眼鏡から目を離し、隣に座るティーフに微笑んでみせた。
「ああ、却ってイキイキツヤツヤしている様な気がするから不思議だ」
小さな子供達に囲まれ、ミニコーナーのまとめ撮りをしている時のパティは、もっとイキイキツヤツヤしているのだが、もちろんそれはこの二人の知る所ではない。
パティを応援する声が多い中、エーレを始めとする応援団はレングストン家の選手達に声援を送るも、一人、また一人とパティに敗れて行くのを見るにつけ、改めてその強さに、「敵ながら天晴れ」、と思わざるを得ない。
「ウチの大会までに、何とかパティの弱点を分析しないとね。この手のデータ分析と言えばコルティナだけど」
と言って、エーレはふと思い立ち、双眼鏡を試合場から観客席の方に向けた。
「ララメンテ家の応援団は……あ、いたいた」
エーレがコルティナを発見すると、自分が見られている事に気付いたのか、コルティナも双眼鏡をこちらに向けて手を振って来る。
エーレも双眼鏡を覗き込んだまま、笑って手を振り返したが、突然その笑顔が凍りつき手が止まった。
コルティナの近くで、こちらを双眼鏡で見ながら手を振り返している男がいる。
やがて男は双眼鏡を下ろし、こちらに顔を向けたまま爽やかに微笑んでみせた。エーレをドン引きさせたアウフヴェルツの三男、エーヴィヒその人である。
「変態だーっ!!!」
双眼鏡を覗き込んだまま叫ぶエーレに、周囲は何事かと心配する。
「ララメンテ家の応援団の近くに、私のストーカーがいて、こっちを双眼鏡で見てたの!」
「ストーカーなんて穏やかじゃないわね」
「ウチの可愛いエーレを怯えさせる奴は許さん」
「場合によっては警備員さんに通報よ」
どんな奴かと一斉に双眼鏡を手にしてエーレの指差す方向を見れば、
「え、何あの美青年」
「あ、私と目が合った! 微笑んでくれてる!」
「落ち着け、双眼鏡を下ろしてるのにこっちが見えるかっての。でも綺麗な男だわ、ホント」
思わず年頃の娘達が見惚れてしまう程のイケメンが、ストーカーとは到底思えない。
「エーレ、多分あれ違う。あんたの思い過ごしよ」
「違うの! アレは私が出演してるCMの会社の社長の三男で! 非公式だけど縁談も打診してて! つい二、三日前には花束を持って私に会いに家にまで来たのよ!」
「何だ、ただののろけか」
「名家のお嬢だから、そんな話も一つや二つあるよね、うん」
「美男美女でお似合いですこと」
得難いイケメンがエーレのお相手と判明し、皆は急速に落胆して興味を試合に戻す。
事情を分かってもらえないまま、エーレは暗澹たる気分になった。