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「アレは非常に危険な変態です。この縁談は断ってください」
大会前にバラの花束を持ってレングストン家の屋敷までわざわざ応援に来てくれたアウフヴェルツの美形の三男エーヴィヒを、エーレはアレ呼ばわりして、父ムートに報告する。
「まだ正式に縁談が来ている訳じゃないから、断りを入れるのも変だろう」
だが、娘の心情を解さない呑気なムート。腕に抱いた息子が魔王に狙われた事を信じずに馬を走らせる親父の様に。
「アレはストーカーです。今後一切、この屋敷に近づけないでください」
「エーレをしつこく追い掛け回したり、何度も待ち伏せしたりしたのか?」
「いえ、直接会ったのは今日一度だけです」
「エーレ、世間ではそれをストーカーとは言わない」
「ですが、アレは私の全試合を録画して繰り返し見ているそうです! CMも繰り返し見ているし、私関連のグッズも全部集めていると言いました!」
「私も同じ事をしているんだが。お前の試合とCMの動画を繰り返し見ているし、関連グッズだって全部揃えてある」
「それはそれでウザ、もとい赤の他人がやると不気味なんです」
「その理屈だと、お前の熱心なファンの大半は不気味人間になってしまうが」
「それはあながち間違っていないと思います。ですが、その人達は、こうやって直接屋敷に乗り込んで来たりはしません」
「エーヴィヒは、一時間前にお前に会いに来て、『エーレと一緒に夕食をとってはどうだね』と誘っても、『大会を目前に控えたエーレさんに、余計な気を遣わせる訳には行きません。エーレさんにお目にかかったら、五分で退出させて頂きます』、と言って、本当にすぐに帰ってしまった程の気の遣いようだ。そんな彼をいきなりストーカー呼ばわりは、少し失礼ではないかな?」
「私の剣術家としてのカンが言っているのです。『アレは危険だ』と」
「カンは大切だが、カンだけでは証拠にはならないよ、エーレ」
「ともかく、アレを今後一切屋敷に近づけない様にしてください!」
「そんな訳にも行くまい。CMでのお得意様の令息だし、お前にしつこく付きまとった訳でもない。何の理由で門前払い出来る?」
「『大事な娘に手を出すな』だけで十分です」
「まだ手を出してないだろう。お前は大会前で少しナーバスになっているのではないかな?」
「では、どうあっても、アレを出禁には出来ないと?」
「何か失礼な行為に及ぶ様なら、たとえお得意様の令息と言えども、屋敷の出入りの禁止はもちろん、アウフヴェルツ自体とも即刻縁を切るよ。だが現実問題として、彼はそんな事を何一つしていない」
エーレは、はぁ、とため息をつき、
「もし私がストーカー被害に遭ったら、お父様の不明のせいと思し召しください」
とだけ言って、説得を諦めた。