◆213◆
その晩マントノン家の書斎で、当主シェルシェが祖父クペに、ララメンテ家の大会において妹のパティが優勝した件について改めて報告したものの、
「で、パティはどこへ行った?」
そのパティ当人の姿が見当たらず、不思議そうにクペが尋ねる。
「他家の選手に痴漢を働いた罪で、一時間程前から地下室に正座させています。そろそろ許してあげましょう」
シェルシェはそう言って部屋を出て行き、しばらくしてから戻って来て、
「パティは後からゆっくり来ます。今はまだ足が痺れて上手く歩けない様です」
と、にっこり笑って告げた。
「お、おう」
二冠達成という偉業を成し遂げた直後のパティに対するこの容赦ない仕打ちに、ふと、二年前に自分もシェルシェに山奥の別荘に監禁されそうになった事を思い出し、少し暗澹たる気持ちになるおじいちゃま。
シェルシェは何事もなかったかの様に、話を今日の大会に戻し、
「ララメンテ家のデータ分析は、戦闘スタイルを切り替えたパティには通用しませんでした。却ってレングストン家の強豪選手達が序盤で消えて、パティに都合が良くなった位です」
「先のレングストン家の大会決勝でパティに勝った選手も、序盤で消えていたな」
「ナーデルですね。一刀流でのパティとの対決は是非見たかったのですが、惜しい事をしました」
その時、ようやくパティが書斎に現れ、
「お待たせしました、おじい様。ララメンテ家の大会で優勝した事を、改めてここにご報告致します」
足の痺れが取れたものと見え、元気な口調で祖父に戦果を告げる。
「おお、パティ。今日はよくやってくれた。お前はマントノン家の誇りだ」
孫娘の偉業を手放しで称える嬉しそうなおじいちゃま。
「ありがとうございます。ですが一時の勝利に驕る事なく、これからも一層の精進に励みたいと思います」
変態モードでない時のパティは、普通に令嬢然としている。
その後、この祖父と孫娘達は、今日の大会の主だった試合について剣士らしく熱く語り合ったが、その際、地下倉庫の一件には誰も触れなかった。
「ふふふ、次は中学生の部で、いよいよララメンテ家本陣を守るコルティナとの勝負ですね。ミノンの活躍に期待しましょう」
喜々として剣術談義に夢中になっていたシェルシェの不興を、祖父も妹も買いたくはなかったのである。
それは優しさでもあり、畏怖でもあった。