◆202◆
屋敷に戻ったミノンは、ティーフから託された伝言を姉シェルシェに伝えた。
「ふふふ、そうですか、あのティーフがそんな事を」
それを聞いたシェルシェは穏やかな笑みを浮かべ、居間のソファーに背をもたせかけて、
「今となっては、懐かしい思い出の一戦です」
目を閉じ、回想に耽り始める。
「名誉を回復する機会が来るまでじっと待つ事三年。その三年越しの執念を背負った実力者と存分に戦えた事に比べれば、正直二冠なんてどうでもいい。あのヒリつく様な気迫は、そうそう味わえるものではなかったからなあ」
そんな姉の回想を邪魔する様に、興奮冷めやらぬ様子で話すミノン。空気を読まない子。
「その気持ち、よく分かります。その時の雰囲気の中でしか出来ない試合というものがありますからね」
「ああ。ティーフとは、次のララメンテ家の大会でも戦えたらとは思うが、状況が違うから、どうしても今回の様な試合は出来ないだろう」
「それよりコルティナに警戒しなさい。これまでの二大会の試合を分析して、あなたやエーレ、それに今回優勝したティーフを総力を挙げて潰しにかかる事でしょうから」
「分かってる。今大会では妙に静かだったというか、何かこちらの動きを計測されてる感じがしてちょっと不気味だったが」
「あなたもコルティナとの試合で随分と静かな戦い方をしていたのは、計測を恐れての事?」
「いや、何をどうやったって、あの人の目からは逃れられない気がする。どちらかと言うと、『さ、こっちはこういう静かな戦い方だって出来るんだ、データを取りたければ取るがいい』、っていう気概さ」
「結局、あなたは手の内をほぼ全て晒してしまった訳ですね」
「手の内を出し惜しみして上位に勝ち残るなんて無理だろ。一試合一試合で全力を尽くすしかない」
「まあ、いいでしょう。自家の大会で外部からの敵を迎え撃つ時のコルティナがどれほど手ごわいか、その身でしかと確かめて来なさい」
「ああ。今から腕が鳴る」
体は大きいが、頭の中は野原を駆け回って遊ぶ子供とあまり変わらないミノン。
シェルシェは目を開け、このやんちゃな子供の様な妹の嬉しそうな顔を眺め、
「でも、その前にこちらも相手の戦い方を分析して、十分対策しておくのですよ」
野原に子供が飛び出す前に、「宿題をやってからにしなさい」、と釘を刺すお母さんの心境になっていた。




