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試合が開始されると、パティは左の短剣を前方に突き出しつつ、右の長剣をやや内側に傾けて振りかぶり、ナーデルはこの強敵と十分な距離を取って、剣を中段に構えて対峙した。
攻撃を仕掛けるタイミングを伺いながらじわじわ迫るパティの動きに応じて、ナーデルも剣の構えを微妙に変えながらじりじりと後退する。
と、不意にパティが飛び込みざま長剣を振り下ろし、ナーデルはそれをかろうじて剣を横にして受けてそのまま鍔迫り合いになり、しばらく膠着状態が続いた後、両者ゆっくりと離れて再び睨み合いに戻って行く。
全体的に余裕があり動きに淀みがないパティに対し、ナーデルは構えた剣の位置をせわしなく小刻みに変えて、どことなく落ち着かない。
ナーデルが素早く前に踏み出し、手を伸ばして突きを放つも、難なくパティは左の短剣で払い落す。
ナーデルはすぐに後退して距離を取り、パティの周囲を円を描く様に歩き回り始め、パティはその動きを追う様にゆっくりと体の向きを変えて行く。
「瞬殺かと思ったら、ナーデルも中々粘るな」
「優勝は確定してるから、パティが手加減してるのかも」
「あまりレングストン家のメンツを潰すのも悪いと思ったか」
余裕のあるパティと、落ち着きのないナーデルを見ながら、観客達はのんきにそんな事を思う。
一方、レングストン家の応援団は、この勝ち目の薄い決勝戦をハラハラしながら見守っていたが、ただ一人エーレだけは、何故か妙に落ち着いた様子で微笑みさえ浮かべており、
「エーレが笑ってるから、これは裏に何かあるよー。ことによるとパティ負けるかもー」
そのエーレの表情を双眼鏡で観察していたコルティナが、周囲の仲間達にそう言った直後、パティが素早く前に飛び出して右の長剣でナーデルの頭部を狙って打ち掛かったが、ナーデルは剣を振りかぶってこれを受け、そのまま斜め下へ円を描く様に振り下ろし、逆にパティの右胴を打ち据えた。
今まで一本も許さなかったパティが一本取られたとあって、会場内は騒然となったが、パティは動揺する事なく初期位置に戻って試合再開。
先程までの余裕とは打って変わり、パティは二剣を巧みに使って攻勢に次ぐ攻勢を仕掛けるが、危うい所でナーデルはこれをかわしつつ、時折鋭い突きを繰り出しての反撃を試みる。
結局、その後は両者互いに一本も取れないまま時間切れとなり、ナーデルの判定勝ちとなった。
他家の侵攻から本陣を守り切る事が出来た、と安堵の吐息を漏らすレングストン家の応援団の中で、エーレは得意げに、
「ナーデルが私相手に対二刀流の稽古を人一倍やっていた事は、流石のパティも知らなかったでしょうね」
と言ってみせる。
その次の瞬間、「エーレ、よくやったわ!」、と褒められながら、仲間達に寄ってたかって全身をもみくちゃにまさぐられ、悲鳴を上げる羽目になるのだが。
レングストン家の道場生達は、常にこの可愛いマスコットをモフる機会を狙っている。