◆18◆
叔父のエフォールが困難を乗り越え剣術家として復帰した頃、幼いシェルシェも剣術を始める様になる。
エフォールはマントノンの本家を訪れると、屋敷の敷地内にある稽古場で、よくシェルシェに稽古を付けてやり、
「兄さん、シェルシェは剣の才能がありますよ。このまま修練に励めば、すぐ兄さんに勝てる様になります」
と、スピエレに保証した。
「お前に悪気がないのは分かるんだが、もっと言い方があるだろう」
娘が褒められて嬉しいのと、自分がかませ犬的な扱いをされて悲しいのとで、複雑な気分になるスピエレ。
「安心してください。私はお父様に勝てる様になっても、お父様を尊敬する気持ちに変わりはありませんから」
そこへシェルシェが、さらに追い討ちを掛けて来る。
「やれやれ、お前にまで叔父さんの悪い癖が移ったか。ああ、もういい。とっとと父を倒して、女子剣術界に君臨するがいいさ」
スピエレとエフォールとシェルシェの笑い声が、稽古場に響き渡る。
そしてエフォールの予言した通り、シェルシェはその後めきめきと剣の腕を上げ、やがてマントノン門下の小学生女子の部の大会で優勝を果たすに至った。
外部からは、
「マントノン家の長女が優勝する様に仕組まれた茶番だ」
などという下衆の勘繰りの声も一部で挙がったものの、叔父のエフォールは、
「放っておきなさい。私もよく言われたものだ。マントノン家の大会は外部からの参加者も受け付けているから、これから長きに亘る多くの試合を通じて、疑いは自ずから晴れるだろう。いや、晴らすべく一層努力するがいい」
と助言した。
「はい。ですが、こちらから積極的に疑いを晴らしに行く、というのはどうでしょう」
それに対し、シェルシェは微笑んで提案する。
「他流派の大会に出たい、と言うのか」
「はい」
「仮にこちらの大会優勝者が、向こうで無様な負け方をすれば、疑いが晴れるどころか、『それ見たことか、マントノン家のインチキ剣士め』と、罵声を浴びる事になるが」
「その時は『マントノン家のインチキ剣士』の汚名を甘んじて受けます。思い上がった己を恥じ、その汚名を返上すべく、修行に励む原動力とします」
微笑んではいるが、その笑みの裏に激しい闘志を垣間見せるシェルシェ。
「ふむ。そこまでの覚悟があるなら、やってみるといい。内部から、『マントノン家の剣術の名誉に関わる』と反対意見が出るかもしれないが、私が何とかする」
「ありがとうございます、叔父様」
そんなやりとりの後、シェルシェが他流派の大会に殴り込みを掛ける計画を、二人で一緒にスピエレに報告しに行くと、
「剣術に関して、お前達二人が覚悟を決めたのなら、私が何を言っても無駄だ。好きにしてくれ」
剣術に関しては燃え盛る炎の様な情熱を持つ弟と娘に、剣術に関しては夕涼み時の打ち水程度のやる気しかない当主から、出撃許可が与えられたのだった。