◆172◆
「小学生の部はパティの圧勝だったが、今回から中学生の部に移るミノンにとっては厳しい戦いとなるだろうな」
ヴォルフを膝の上に乗せて抱いたまま、祖父クペがその場にいないミノンに思いを馳せる。
「ええ、実際去年の大会では、ミノンは分析され尽くして苦戦していましたね。それに加えて、今年はエーレとコルティナという怪物との直接対決もあり得ます。でも、あの子は困難な状況を逆に楽しんでしまうタイプですから」
シェルシェが微笑みながらヴォルフに近づき、その頭を撫でる。
「で、お前が見たところ、ミノンの調子はどうだ」
「ふふふ、ミノンはデータの分析が追い付かない程に日々成長しています。少なくとも、旧データしかない最初の大会では、ほとんどの選手を圧倒する事でしょう。もちろん、二人の怪物は別格ですが」
「序盤でエーレとコルティナに当たれば、活躍もそこそこに敗退もあり得る、か」
「令嬢対決の実現に観客達は大いに沸く事でしょうけれど。今大会は何と言っても、それが一番の関心事ですから」
「どんな展開にせよ、三人の令嬢が対決するカードは最大で二回。場合によっては一回も当たらない事もあり得るのだからな」
「ふふふ、その三人が一度も対戦せずに終わるとは思えません」
「まあ、剣術の試合に『絶対』はない。ミノンが活躍してくれる事を祈ろう。で、そのミノンはまだ稽古場にいるのか?」
「はい、今もエフォール叔父様に指導して頂いている所です」
「あの二人が稽古をしているとなると、稽古場はさぞや熱苦しくなっている事だろう」
「ふふふ、もしよろしければ、これから様子を見に行きませんか?」
こうして、クペ、シェルシェ、パティ、ヴォルフの四人が書斎を出て屋敷の敷地内にある稽古場に赴くと、既に稽古場内はサウナかと錯覚する様な熱気に満ちており、その熱源であるミノンとエフォールはしばらく来訪者に目もくれずに、野生動物の様な奇声を上げながらパワフルな剣の打ち合いに興じていた。
さながら熱帯のジャングルである。
しばらくして一段落すると、二人は防護マスクを外して四人の方へ近づき、
「ここまで来たら、後は何も考えずにひたすら戦うだけです」
とミノンが言えば、
「やるだけの事はやりました。後はただ突き進むのみ」
とエフォールも似た様な事を言い、挙句、二人して高らかに笑い出した。
長時間に亘る激しい稽古の結果、色々な脳内物質が全速力で駆け巡り、テンションがおかしくなっているものと思われる。