◆170◆
「ヴォルフ、パティお姉ちゃん、優勝したよー!」
マントノン本家の屋敷に来ていた父スピエレと義母ビーネから、優勝を祝福する言葉をもらったパティは、両親の側にいた小さな弟に抱き付き、執拗に頬ずりしながら自身の戦果を報告した。
「ゆーしょー?」
色々な言葉をしゃべる様になったヴォルフが、意味も分からずオウム返しに答える。
「そ、ゆーしょー。えらいでしょー。いいこいいこしてー」
「いいこ、いいこ」
差し出した頭をヴォルフの小さな手で撫でられ、至福の時を迎えるパティ。
そこへ姉と言う名の人さらいがやって来て、
「ふふふ、ヴォルフ、こっちにいらっしゃい」
と声を掛けると、撫でる手をぴたっと止めて、声の主であるシェルシェの方を振り向き、パティの腕から逃れようともがくヴォルフ。よく訓練されている。
「ははは、ヴォルフも当主命令には逆らえないと見えるな」
それを見て呑気に笑う父スピエレ。
「シェルシェお姉様、もうちょっとだけ」
「ヴォルフを離してあげなさい、パティ」
当主命令には逆らえず、泣く泣くヴォルフを手放すパティ。解放されたヴォルフは、とてとてとシェルシェの元に歩み寄り、差し出された手をぎゅっと握る。よく訓練されている。
「あまりしつこくすると、ヴォルフに嫌われますよ、パティ」
「いえ、つい今さっき抱きしめた所なんですが」
「お父様、お義母様、少しヴォルフをお借りしますね。おじい様のいる書斎に遊びに行って来ます」
「いってきます」
二人がそう言って、手を繋いだまま部屋を出ようとすると、
「私も行きます!」
と、パティもその後を追って、ヴォルフの空いている方の手を取り、姉弟三人仲良く並んで廊下を歩いて行った。
「ははは、人気者だな、ヴォルフは」
「ええ、本当に」
子供達が去った後、スピエレとビーネが顔を見合わせて微笑んだ。
腹違いの弟ヴォルフが生まれたら、後継者争いで問題になるのではないかと心配していたのも遥か昔の事、シェルシェが次期当主としてヴォルフをはっきりと指名し、また、そんな事とは関係なく、ヴォルフは三人の姉達からこれでもかという位に溺愛されている。
つまり、マントノン家の人間として、もうヴォルフの立場に何ら問題はない。
「いずれは、この屋敷で私達と離れて暮らす様になるのでしょうけれど」
ビーネが少し寂しそうに笑う。
「心配ないさ。何があっても、強い三人のお姉さん達が守ってくれる」
そんな妻を安心させる様に言うスピエレ。
もっとも、「不死身で無敵な殺人鬼」、「巨大怪獣」、「大道芸人」に守られて育つ子供は、別の意味で不安かもしれない。
強過ぎるお姉さんも考えものである。