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マントノン家においてシェルシェが恐怖政治を着々と進めて行く一方、今年もまた、今や剣術界のみならずエディリア内でも屈指の一大イベントとなった、剣術全国大会の開催時期が近付いて来た。
「何と言ってもメインは中学生の部だよな。三年振りに三家の令嬢対決が見られるんだから」
「見られるといいが。もうかなりその三人への対策もなされてるだろうから、事によると対決前に敗退するかもしれん」
「令嬢以外にも地味に強い選手が結構いるからな。中学生は成長期の真っ盛りだから、ここに来て急に化ける子が出てもおかしくはない」
「だが、その成長期の真っ盛りの選手達を、エーレとコルティナは一年生の頃からなぎ倒してきたんだぜ」
この様に、世間が一番注目していたのは、やはり中学生の部であったが、
「小学生の部の令嬢だと、ミノンが抜けた代わりに妹のパティが入って来るな」
「シェルシェとミノン、二人のお姉さんがどっちも強烈過ぎるから、どうしても見劣りするだろう」
「でも、やっぱり姉妹だけあって美人だな。立ち居振る舞いが大人っぽい長女と、体格が既に大人な次女と比べると、どこかまだ子供子供してるが」
「そうか? 四歳上のエーレの方が子供っぽく見えるけど」
と、小学生の部でも初出場となるパティへの期待が高まっており、これら二つの部では昨年以上の観客動員数が見込まれている。
もちろんその人気に牽引される形で、高校生の部と一般の部もそこそこの盛り上がりを見せてはいたものの、
「やっぱり、世間が求めてるのは『お嬢様』なのね。私達みたいな庶民の選手じゃ客は呼べないのよ」
「プロじゃないんだし、客を呼ぶ事にこだわっても仕方ないでしょう。運営側にしても、地味な規模の大会に見合った収益が出れば万々歳みたいだし」
「でも来年はエーレとコルティナが来るから、高校生の部もお祭り騒ぎだろうなあ。一般の部が盛り上がるのはまだまだ先だろうけれど」
「お嬢様が一人いるだけで、大会が盛り上がる時代かあ」
「ただのお嬢様じゃなくて、滅茶苦茶強いお嬢様じゃないとダメだけどね。正直、ミノン、エーレ、コルティナの誰にも勝てる気しないわ」
小中学生の部のお祭り騒ぎには及ばない事を、参加選手達も重々承知しており、しかしながらそれはそれで楽しんでいる様子だった。
そんな剣術界にとって順風満帆な状況の中、シェルシェは執務室の机に飾ってある亡き母ユティルの写真に、
「ふふふ、お母様は跡継ぎの男の子が出来なくて、大層心を痛めておいでだったそうですが、私とミノンとパティが全て女の子だった事には、やはり大切な意味があったのです。おかげでこうして、『令嬢剣士ブーム』とでも呼ぶべき状況に投入出来る駒が、マントノン家には三人も揃ったのですから」
と、微笑んで語りかけた。
「そして、私達がおばさんになって世間から飽きられた頃、美青年に成長したヴォルフが名実共に当主となり、今度は女性人気を鷲掴みという寸法です」
芸能プロダクション的な発想に傾くシェルシェに、亡き母ユティルもあの世で苦笑い。