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こうして離脱騒動は、新流派が旗揚げメンバーの連鎖自爆によって壊滅するという形でハッピーエンドを迎えたが、もうこの時点までに当主シェルシェが支部道場の統廃合計画を完了させていた上、小中学生女子を中心とする剣術ブームの波に乗った事もあり、マントノン家にとっては新流派自体、既に激しくどうでもいい存在に成り下がっていた。
ただし、この絵に描いた様な「ざまぁ」を決定付けた、「当主シェルシェが、自分に牙を剝いた裏切り者グルーシャを決して許さなかった事」は、マントノン家の役員や親族にある種の恐怖を植え付ける事になる。
シェルシェに逆らったら最後、自分達もグルーシャの様に、マントノン本家の屋敷の前で土下座する羽目になるのではないだろうか、と。
普段シェルシェは滅多に感情を表に出さず、いつも口元には笑みを浮かべ、その言葉は穏やかで、人の言う事にはよく耳を傾け、無理に我を通そうとはしない。
ところが今回の事件で、「殺る時は殺る」という一面、さらに言えば、「笑って人を斬れる」というヤバさに気付き、てっきりいいとこのお嬢様だと思っていたら、むしろお嬢様の皮を被った殺人鬼の方が近かったという事実に、
「ただのお飾り当主どころではない、いずれ我々が当主をコントロール出来なくなってしまう」
と、前当主スピエレ時代から続いていた体制の崩壊を危惧するに至る。
想像して欲しい。会議の最中、口元に涼しげな笑みを浮かべた殺人鬼が、参加者を見回して睨みを利かせている絵面を。もはやそれは会議ではなく、凶悪犯が人質を取って立てこもった現場である。
よもや、まだ中学生の小娘に怯えなければならない日が来ようとは、と思いつつ、実際怖いのだから仕方ない。
しかも、剣の実力はもちろん、離脱騒動直後に見せた名門の風格といい、再統合計画において発揮した混乱収拾能力といい、マントノン家の当主としては全く申し分なく、降板に追い込む隙もない。
そんな謀反を企んだ輩は、屋敷の前で土下座させられる事になるだろう。
「どうしたものか」
「どうにもならん」
「当主に追及されない内に、こっそりやっていた不正の始末をせねば」
それまで好き勝手にやっていた役員や親族は、その清算に大わらわとなった。
「今回グルーシャを表向きには許さなかった件だが、役員や親族にとっていい見せしめとなった様だな」
書斎で祖父クペにそう言われたシェルシェは、妖しく微笑んで、
「私は何も手を下していません。ですが、皆さんが自らその身を正そうと努力してくださるのであれば、それはとてもよい事だと思います」
と答えた。
恐怖政治の始まりである。