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だが、熱血スポ根を地で行くマントノン家きってのカリスマ剣士エフォール・マントノンは、かつてのスター剣士グルーシャが一気に世間の笑い者にまで落ちぶれるというあまりの凋落振りを、エディリア内戦直後の自分の姿に重ね合わせて憐憫の情を催したのか、マントノン本家を訪れた際、姪である当主シェルシェに、
「グルーシャも十分反省している様だし、全てを失った挙句、バッシングの集中砲火を浴びて社会的制裁も受けている。どこか地方の支部道場の指導員として、一からやり直させてやってもいいのではないか?」
と、申し出た。
シェルシェは首を横に振り、
「私怨からではなく、マントノン家の当主として、裏切り者をそう簡単に許す事は出来ません。他ならぬエフォール叔父様の頼みといえども、こればかりは曲げられないのです」
穏やかではあるが断固とした口調で、これを却下する。
しかしその直後、困惑気味の表情の叔父に対し、
「とは言うものの、下手に追い詰めて自殺でもされたら、こちらとしても寝覚めが悪過ぎます。既に裏から手を回し、それとは知られぬ様に、小さな町道場を細々と経営出来る位には援助をしているので、どうかご安心ください」
「そこまで手を打っていたのか」
「はい。ですが、この事はしばらく内密にお願いします。あの裏切り者もいずれ、どん底の自分に救いの手を差し伸べてくれたのが、まさに裏切ったそのマントノン家であったと知る日が来るでしょう。その時、どんな顔をするか見ものです」
そう言って妖しく微笑むシェルシェに、感服しつつも内心ゾッとする叔父エフォール。
エフォールが帰った後でシェルシェは、床に座り込んで積み木で遊んでいた一歳児の弟ヴォルフに、
「覚えておきなさい、ヴォルフ。最高の復讐とは、復讐する相手に、『お前など復讐する価値もない』、と思い知らせる事なのですよ」
と言って、にっこり笑って見せる。
ヴォルフは手を止めて、この恐るべき姉を無垢な瞳で見上げ、
「あーい」
と返事をした。
よく訓練されている。




