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全国大会における、ミノン、エーレ、コルティナらの活躍により、剣術の名門三家が大いに繁盛する一方、マントノン家から離脱したドルゴーイ流は、日一日と経営危機の瀬戸際に追い詰められていた。
一年前、華々しく新流派を旗揚げしたものの、マントノン家の当主シェルシェの策略によって、初っ端から悪のレッテルを貼られてしまい、事前に根回しして大量に引っこ抜いて来た道場生達も、そのあまりの盛り上がらなさに、大半がやめて元のマントノン家に戻ってしまう。
物珍しさから新規入門した道場生達も、指導者達の性格に難ありと見るやすぐにやめてしまい、よその道場に鞍替えする始末。
それでも何とか世間の剣術ブームに乗ろうとして、大会に自流派の選手を送り込む事も考えたが、そもそも上位に勝ち上がれる選手がいない。かと言って、指導者直々に遠征して、万一序盤で敗退でもすれば、新流派の面目丸潰れとなるので、うかつな事も出来ない。
結局活気があったのは最初だけ。じりじりと道場生の数が減って行く一方、思い切って立派なものにした道場の維持費用は下がらない。続ければ続ける程赤字がかさむ状況にも拘わらず、道場を畳む事は意地が許さない。
そんな悪循環に陥ったドルゴーイ流に、やがて滅亡の兆しが現れる。
創設メンバーの一人で、かねてより犯罪組織との繋がりが深かったリカルストヴァ・プリニマーチが、恐喝容疑で逮捕され、おまけに尿検査の結果覚醒剤の反応まで出て、悪い意味での二冠達成を成し遂げたのだ。
新流派立ち上げの際、グルーシャ・アシープカ代表が、
『我々は、もっと青少年の育成に相応しい健全な剣術道場を作る事を目指し』
などと偉そうにのたまった記者会見の映像とセットで、この事件は報道され、
「現役のヤク中が指導してる道場のどこが青少年の育成に相応しいんだよ」
と、世間の顰蹙を買う。
「まことに申し訳ありませんでした。今後この様な事がない様、厳しく指導者の管理に当たる所存です」
グルーシャが急遽、お詫びの記者会見を開いた翌日、今度は同じく創設メンバーの一人、タラカーン・カリーチニヴィが、路上で気に入らない質問をして来た記者をカッとなって押し倒した揚句、馬乗りになり、執拗に殴って意識不明の重体に陥らせ、その場で現行犯逮捕されるという不祥事を起こしてしまう。
ぐったりとして動かなくなった記者の血塗れの顔面を、なおも狂った様に殴り続ける映像の一部始終はカメラに収められており、すぐに全国ニュースでお茶の間へ流された。
さらにタラカーンが、普段から道場生に指導と称して理不尽な暴力を振るっていた事も明るみに出てしまい、
「まことにお詫びのしようもありません。指導者一同、深く反省しております」
と、グルーシャ代表は苦しいにも程がある記者会見を、再度開かねばならなくなった。
仲間をやられた記者達の怒りは収まらず、さらに一致団結して厳しい追及を行った結果、セクハラやストーカー絡みの女子道場生に対する迷惑行為や、不正会計疑惑など、多くの不祥事が発覚し、創設メンバーのほとんどが逮捕され、連日の報道にグルーシャ代表もストレスで倒れて緊急入院という情けない結末を迎えた。
指導者がいなくなったドルゴーイ流の道場は当然道場生もいなくなり、ついに再開のメドが立たないまま一時休業が決定される。
旗揚げから二年も経たずに頓挫した新流派に残ったのは、莫大な額の借金のみだった。