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その後、ヴォルフを代わる代わる抱っこして、エーレとコルティナは赤ちゃんを堪能する。
ヴォルフはこの姉の友人である二人の令嬢に対して特にぐずる事もなく、されるがままになっていた。よく訓練されている。
しかし何と言ってもまだ0歳児、遊ばれ疲れたヴォルフはシェルシェの腕の中で、目をとろんとさせ始めた。
「あら、眠くなったみたいね」
「手も温かくなってる」
エーレとコルティナがヴォルフの小さな手を取って、赤ちゃんのおねむサインを確認する。
「ふふふ、お客様の接待に疲れてしまった様です。この辺で少し休ませてあげましょう」
そう言ってシェルシェは携帯で乳母を応接間に呼び、すやすや眠ってしまったヴォルフをそうっと手渡すと、ヴォルフはそのまま別室のゆりかごまで静かに乳母の手で運ばれて行った。
「赤ちゃんは可愛いけれど、大変ね。四六時中、誰かが側に付いてあげないといけないから」
エーレがしみじみと言う。
「でもそうやって皆育って来たと思うと、感慨深いものがあるよねー」
そう言ってコルティナが頭をなでようとする手を、エーレは反射的につかんで阻止する。
「なぜ、そこで私をなでようとする」
「よく育ったなあ、って思って」
「同じ年でしょうに」
「エーレの方が十歳は若く見えるよ」
「誰が四歳児だ!」
そんな二人のいつもの漫才を見て、くすくす笑うシェルシェ。
赤ちゃんと戯れた後、ほのぼのとした雰囲気の三人だったが、
「実際に赤ちゃんの世話をしてみて、子育て中の若いお母さん方にどの様にアピールすべきかが、少しずつ見えて来た様な気がします。この経験は、今後の道場経営に活かされるでしょう」
シェルシェは弟を可愛がる事さえも、ビジネスに繋げており、
「ウチも託児所をもっと充実させないと、余所に客を取られるかしら」
「ララメンテ家は近くの託児所と契約して色々会員割引やってるよー。自前で託児所は色々大変だしー」
エーレとコルティナも剣術道場の令嬢らしく、いつでも商売っ気は頭の片隅に残っている。