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「年が十歳以上離れていると、姉は弟を溺愛する」、という説がある。
マントノン家の三姉妹の場合も一番下の姉と弟との年の差はちょうど十歳であり、この説を裏付けるかの様に、長女シェルシェ、次女ミノン、三女パティは、弟ヴォルフをこれでもかと言う位可愛がった。
抱っこしたり遊んだりするだけでなく、育児に長けた使用人の指導の下、ミルクを飲ませたり、おむつを替えたり、お風呂に入れたりと、三人の姉がそれぞれ一通り赤ちゃんの世話も出来る様になると、その甲斐あってかヴォルフもこの姉達にはまるで実の親の様に懐き、
「まるで小さなお母さんが三人いるみたいね」
「その内の一人は既に大きいけれど」
などと、屋敷に遊びに来ていたエーレとコルティナも感心していた。もちろん、「既に大きい」とは、巨大な次女ミノンの事である。
「ふふふ、支える手がたくさんあればある程、子育ては楽になるものです」
小さなヴォルフを腕に抱いたシェルシェが、微笑みながら言う。
「ヴォルフはお母さん似ね。髪の色もビーネさんと同じだし。握手してもいい、シェルシェ?」
「ええ、どうぞ」
シェルシェの許可をもらって、エーレはヴォルフの小さな手に自分の指を握らせ、その可愛さについ顔をほころばせる。
「私もいいかな?」
「どうぞ」
ヴォルフのもう一方の空いている手に、自分の指を握らせたコルティナはにっこり笑って、
「うふふ、ヴォルフくん、両手に花だねー」
と、まだその言葉の意味も分からない赤ちゃんを囃し立てた。
ヴォルフは指を握ったまま、二人の顔を交互に見ている。
「ふふふ、ヴォルフ、この二人は今やレングストン家とララメンテ家を代表する剣士です。その指から剣の才能を存分に吸収させてもらいなさい」
シェルシェが笑ってそう言うと、
「もう、お姉さん達から剣の才能は十分吸収してるから、これ以上もらっても仕方ないわよね」
と、エーレが微笑み、
「逆にお姉さん達からもらった剣の才能を吸収しちゃえ、えい」
握られている指を軽く振って、コルティナがふざけてみせる。
「ヴォルフくん、私と将来結婚しない? 二人でマントノン家を乗っ取ろうよ」
さらに不穏な冗談を言うコルティナ。
「ふふふ、丁重にお断りします。あなたが言うと洒落になってません」
稀代の策士によるお家乗っ取りを未然に阻止するシェルシェだった。




