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無論、シェルシェは新しく出来た弟にかまけてばかりいた訳ではない。
当主としての通常業務をこなす一方で、離脱騒動に端を発した支部道場統廃合計画を着々と進め、これまで無計画に増やし過ぎた道場を程良く減らす事に成功し、いずれ避けられないであろう武芸ブームの衰退による道場生の大幅な減少に備えると共に、
「小さい子供を持つ母親は、我が子を安心して預けられる場所を必要としています」
と、閉鎖される予定の一部の支部道場をリフォームし、託児所付きの剣術道場を実験的に開いてみたりもしていた。目の離せない小さな子供を預かって、若いお母さんが剣術の稽古をし易くするのである。
「フィットネスクラブなどでは、もうこの手の託児所を完備している所も多い様です」
「我々の場合、新たに育児のプロを別途雇用しなければならない上、多額のリフォーム費用も掛かるから、まだまだ商売としては割に合わないだろう」
書斎で祖父にして前々当主のクペが、シェルシェの計画に意見を述べた。
「ですから、今は採算を度外視しての実験的な規模に留めています。マントノン家はエディリアを代表する剣術道場でありながら、今までこの手の対応が遅れていた感がある事は否めません」
「私が当主だった頃は、子供が小さくて手の掛かる内は、母親も道場に通う事を控えていた傾向があったかもしれぬ。時代の方が変わったのだ」
「では、私達の方も時代の変化に対応しなければなりません。対応出来なければ、フィットネスクラブに客を取られて終わりです」
「いやはや、伝統ある大手剣術道場の存続を、そこらに新しく出来たフィットネスクラブ風情が脅かす様になるとは」
クペは椅子にもたれて、深いため息をつく。
「勝負はまだまだこれからです。逆にマントノン家がフィットネスクラブの存続を脅かす様になるまで頑張りましょう」
そんな風にシェルシェが気炎を上げる一方、クペは、「早くまたヴォルフの顔が見たいなあ」、などとぼんやり思っていた。
「ふふふ、ヴォルフにはすぐに会えますよ」
胸の内をシェルシェに見透かされ、少し慌てるおじいちゃま。
「すまん、顔に出ていたか」
「ええ。それに、私もおじい様と同じですから」
仕事の話の合間にも、ヴォルフの事をつい考えてしまう二人だった。