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マントノン本家の屋敷に、スピエレとビーネがヴォルフを連れてやって来ると、ベビーベッドの周りにわらわらと家族が集まり、すぐに抱っこ争奪戦が始まる。
「やはり、シェルシェが自分の命の恩人だという事を、分かっているのかもしれないな」
シェルシェの腕に大人しく抱かれているヴォルフを見ながら、少し寂しげに祖父クペが言う。事情が事情とは言え、殺しかけたのは自分だったという負い目がまだ残っているらしい。
「ふふふ、それはもう言いっこなしです、おじい様。ヴォルフはそんな事を気にしていませんよ。さ、どうぞ」
シェルシェがそう言ってクペに近付き、まだ首の据わっていないヴォルフをそうっと手渡すと、ヴォルフは嫌がる事もなく祖父の腕に抱かれてちょこんと収まった。
そのつぶらな瞳で見上げられると、過去の罪悪感も吹っ飛び、相好を崩して喜ぶおじいちゃま。
「おお、よしよし。私はこの命に代えても、お前を守ってやるからな」
祖父がはしゃぎ、祖母と二人の妹が抱っこの順番待ちをしている間に、シェルシェはビーネの元に近寄り、
「お義母様も、毎日赤ちゃんのお世話でお疲れでしょう。しばらくヴォルフは私達に任せて、どうぞごゆっくりお休みください」
と、上機嫌な笑顔で気遣いの言葉を掛けた。
「ありがとう、シェルシェ。お言葉に甘えさせてもらいます。ヴォルフをよろしくお願いしますね」
そう言ってビーネは、夫と共に用意された寝室に向かったが、廊下に出て少し歩いてから、ふと振り返り、
「このお屋敷では、赤ちゃんの世話が出来る使用人も二十四時間体制で付いていてくれるので、ヴォルフは安心して預けられます。でも」
「でも?」
スピエレが問い返す。
「ヴォルフを私が独占出来るのは、ほんの短い間なのでしょうね。やがて、あの子はマントノン家の次期当主として、色々な事を学ばなければならなくなるのですから」
「ははは、随分気の早い話だね。当分は私達があの赤ちゃんに付きっきりで奮闘しなくてはならないのだから、休める時にしっかり休んでおこう」
夫にそう言われても、手間を掛ければ掛ける程愛しさが増す我が子が、いずれマントノン家に取られてしまう時の事を思うと、どうしても寂しくなってしまうビーネ。
より具体的に言うとシェルシェに取られてしまう形になるのだが、それはもう少し後の話になる。




