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マントノン家の期待を一身に受けて誕生したこの男の子は、ヴォルフと名付けられた。
ヴォルフはかねてからの約束に従ってDNA鑑定が行われ、もちろん父スピエレから正統なマントノン家の血を引いている事が証明されると、当主シェルシェはこの鑑定結果を公表すると共に、
「ヴォルフが成人した暁には、私は当主の座を譲る事にします」
と、親族と役員一同に宣言し、特に反対意見もないまま承認される。
依然として古いしきたりが残る名門マントノン家において、やはり女性が当主である事は、かなり不自然とみなされるのである。
当主であるシェルシェ本人からして、今の状態にはかなり無理があると感じていた。もうこの時点で、父スピエレよりも当主に向いている、と評されているシェルシェだったが、結構根は保守的であった。
親族や役員は基本的にシェルシェには、「トラブル収拾と人気取りの為のお飾り当主」のままであって欲しいと願っており、「下手に当主を長く続けて、お局様のごとく厄介な存在になられても困る」という自分達の利害に照らし合わせても、頃合いを見てのシェルシェからヴォルフへの当主交代は、望ましい提案の様に思われた。
「ふふふ、私はいつまでもお飾り当主でいる気はありませんし、あなたをお飾り当主にするつもりもありませんよ、ヴォルフ」
父スピエレと義母ビーネの住居に、当主としての多忙な合間を縫って訪れていたシェルシェは、その腕に抱かれている小さな弟に、笑顔で言い聞かせた。
「あなたが当主を継ぐ時までに、私はマントノン家の改革を完了させておきます。その後のマントノン家は、あなたが立派に盛り立てて行きなさい」
そんな姉の言うことを、ヴォルフは大人しく聞いていた。
「ふふふ、あなたにはまだ難しい話ですね。少しお眠りなさい」
その一言で、すぐにスヤァと眠りに落ちるヴォルフ。
「よく懐いているなあ。流石はお姉さんと言うべきか」
そんな二人の様子を見て、微笑ましげに父スピエレが言う。
「ええ、本当に。まるで、シェルシェが実の母親の様で」
もしくは、警察犬とその訓練士。
そんな事をふと思ってしまったが口には出さず、軽く微笑むだけにとどめた義母ビーネだった。