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その血筋の良さに恥じぬ颯爽とした立ち居振舞いと、たゆまぬ修練から生み出された剣技の冴えにより、マントノン家にこの人あり、と世に知らしめた剣術家、エフォール・マントノン。
兄のスピエレ・マントノンは幼少の頃から何かにつけて、この優秀な弟と比べられ、「ダメな方のマントノン」などと、不名誉な称号を頂いていた。
その優秀な弟が今、本物のダメ人間に成り果てている。
「入ってくれ」
そう言って、エフォールが兄スピエレを迎え入れた書斎は、窓のカーテンが全て閉め切られていて薄暗く、アルコールの匂いが充満していた。
「窓を開けて空気を入れ替えた方が」
「やめてくれ」
窓に近付いたスピエレをエフォールは強く制し、松葉杖を突きながらゆっくり机の前まで移動する。
兄の手伝いの申し出を断って、自力で何とか椅子に座り、
「昔から、兄さんに、何かにつけて偉そうに説教していた俺が」
酒の空き瓶が並ぶ机に寄りかかり、
「今はこの有様だ。笑ってくれよ。兄さんにはその権利がある」
そう言って、自虐気味な笑みを浮かべた。
「笑えないよ。それと、お前を笑う権利なんか、誰にもないから」
もう一つ椅子を部屋の隅から持って来て弟の前に座り、渋い表情で答えるスピエレ。
「たった一度の不幸に見舞われて、全てがパァさ。もう、俺の剣術家としての人生は終わってしまったんだ」
「剣の道一筋に生きて来たお前にとって、今回の事が辛いのは分かる。でもまだ人生は長いんだ。『終わってしまった』なんて言うには、早過ぎやしないか?」
「遅過ぎる位だよ。時々思うんだ。『どうして、俺はあの時死ななかったんだろう?』ってな。あの時死んでたら、せめて剣術使いとしての名誉と誇りだけは失わなかったのに」
着実に鬱に向かいつつあるエフォール。
「死んだら名誉も誇りもないだろう。第一、残された奥さんはどうなる?」
「俺がこうして迷惑をかけていない方が、レジュルタにとって幸せだったかもしれない」
「どう考えたって、お前が死んだ場合の方がずっと不幸だよ」
スピエレの言葉に、エフォールは辛そうな表情になってうなだれ、
「もう、俺は、以前の様に、剣を振るう事が出来ないんだ」
膝から下がない自分の右足を、うつろな目でじっと見据え、
「レジュルタは、この先ずっと、こんな俺の面倒を見なくちゃいけないんだ。こんな生ける屍のな」
「それは言い過ぎだよ。ゾンビかお前は」
人は落ち込むと、自分の置かれた状況を正しく把握出来なくなり、実際以上に悪く考えてしまうものである。
そして、そこからさらに状況を悪い方へ悪い方へと考える事をやめられなくなり、厄介な事に、真面目な人ほどこの負の連鎖から抜け出せなくなる傾向が強い。
あまり真面目なのも考え物である。




