◆142◆
試合終了後、防護マスクを取ったエーレとコルティナは、抱き合って相手の体を軽く叩きながら、互いの健闘を讃えている様に見えたが、やがてコルティナの右手がちっちゃいエーレの頭をなでなでし始め、左手で相手をがっちり押さえて逃げられない様にしているのが明らかになると、エーレが激しく抵抗し始めた。
「エーレはよく頑張ったねー。私が負けてもおかしくない試合だったよ」
「いいから人の頭をなでるのをやめなさいよ! 私はあんたの孫娘か!」
試合の余韻が台無しである。
「うふふ。正直言って、エーレの奥の手がどんな技なのかまったく分からなかったから、最後の突きはイチかバチかの大勝負だったし」
「離しなさい!」
「モロに入ったけど、喉は大丈夫ー?」
コルティナは右手でエーレの喉元をなで始めた。
「今度は猫か!」
じたばたもがくエーレは、飼い主の腕の中から逃げようとする猫に見えなくもない。
「一体何が起こってるんだ?」
「さあ」
今大会の大一番転じて、可愛い動物ビデオを見せられている気分になる観客達。
「ふふふ、あの二人は昔から本当に仲がいい事」
ただ、同じく客席から見ていたシェルシェは長い付き合いだけあって、二人に何が起こっているのかを正確に把握していた。
「この試合、新必殺技を一度でも見せれば二度目が防がれると考えたエーレが、一本取るだけで勝利出来る延長戦に持ち込んだけれど、コルティナにそのタイミングを読まれて技を出す前にやられてしまった、って解釈でいいのかな?」
隣のミノンが、姉に尋ねる。
「大方そんな所でしょうね。けれど、二人共それを最初から意図していたのか、実際に向き合ってから流れでそうなったのかまでは分かりません」
「どんな技なのか見たかったなあ。ああ、私もあの二人と今すぐ戦いたい!」
「ふふふ、再来年まで待ちなさい、ミノン。あなたには時間も機会もたっぷりあるのですから」
「ああ、分かってる。その時はシェルシェの分まで暴れてみせるさ」
「期待していますよ」
そう言って、少し寂しげに微笑むシェルシェ。
昨年このララメンテ家の大会で優勝を決め、三冠を達成した時の喜びも、今はもう遠い過去の事だった。