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今回の場合、エーレが敢えて延長戦に突入させた様に見えない事もない。
先に一本取れば勝ち、という状況に持ち込んだからには、おそらくエーレはここから猛ラッシュを掛けてその一本を狙い、一方コルティナはそれを飄々と受け流して相手の疲弊を待つ展開になるだろう。
大方の観客達はそう考えた。
しかし、いざ延長戦が開始されると、両者相変わらず間合いを取ってほとんど動かない状況が続き、
「読み合い勝負だとコルティナが有利だろうに」
「もしかして、エーレは今までの試合で疲れてるんじゃないか」
「だとしたら、コルティナがそこを狙わない訳がないんだが」
試合に動きがない分、観客達は脳をフル回転させて、この状況を理解しようと努めている。
「シェルシェはどう見る?」
そんな観客の一人、マントノン家の巨大怪獣ことミノンが、隣に座る姉に尋ねた。この手のややこしい考え事は苦手なのである。
「エーレはコルティナのデータにない技を仕掛けて来るつもりでしょうね。どんな技かは分からないけれど、その気配をエーレの表情に読みとっているから、コルティナはああして警戒してるのよ」
脳筋妹の素朴な疑問に答えるシェルシェ。
「新必殺技か、燃えるな」
姉の解説に満足し、わくわくしながら試合の行方を見守るミノン。
そして延長戦開始から約五分が経過した頃、突如エーレが二剣の構えを微妙に変えた。
まっすぐに突き出していた左の短剣が持ち上がり、振りかぶっていた右の長剣が心持ち後方に傾く。
その体勢を保ちながら、エーレはすり足でじりじりとコルティナの方ににじり寄り、対するコルティナは剣を中段に構えて突っ立ったまま、これを待ち受ける。
いよいよ決着をつけるのか。
場内にそんな緊張が高まる中、不意にエーレが前方に飛び出した。
が、それより一瞬早くコルティナが一歩踏み込んでおり、左手を伸ばして突き出した剣先が、飛び出しかけたエーレの喉元を直撃する。
ちっちゃなエーレは、新必殺技を発動する事が出来ないままその場に倒れ、審判はコルティナの一本勝ちを認めた。
エーレ、三冠ならず。
だがそんな事より観客は倒れたエーレの方が心配で、試合以上にハラハラしながら見守っていたのだが、自力で立ち上がったのを見てようやく安堵の吐息をもらしたのだった。