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三大会を通じて最大の注目を集めたこの決勝戦、試合はまず両者間合いを大きく取っての静かな睨み合いから始まった。
コルティナは相手の挙動を読む事に秀でており、ましてやこの決勝戦の相手は小さい頃からよく知っているエーレとあって、今まで脳内に蓄積してきた観察記録を基に、ほぼ完璧な対策を用意して試合に臨んでいると思われる。
当然そんな事など百も承知であろうエーレが、これに対してどう攻めるのかを、観客は多大な興味をもって見守っていた。
左の短剣をまっすぐ前に突き出し、右の長剣を頭上に振りかぶるエーレと、剣を中段に構えたコルティナが、大きく間合いを取って対峙し、両者ともまるで、「そちらからどうぞ」、と相手が来るのを待っているかの様。
先に動いたのは意外にもコルティナだった。相手が仕掛けて来るのを、ふわふわと受けるのが基本スタイルのこの人が、今回はふわふわと前に出て、エーレが長剣を振りかぶる右手に横から鋭い一撃を放つ。
ふわふわな歩行と素早い剣とのリズムがバラバラで、観客は一瞬幻惑されたが、エーレは惑わされず、左の短剣でそれを払い落とし、ワンテンポ置いて右の長剣をコルティナの頭部に振り下ろす。
それをギリギリ間に合わせる様に、コルティナは剣を頭上に戻して防御し、そのまま近接した状態で鍔迫り合いへと移行。互いにそうっと離れた後で、再び大きく間合いを取っての長い睨み合いに戻る。
「いつもと逆だな。コルティナが攻めて来るのをエーレが受けて反撃してる」
「どう攻めても返し技を食らうと予想して、あえて今までにないパターンに持ち込んだのかも」
観客達が様々な憶測を巡らす中、再びコルティナがふわふわと前に出て、エーレはその分だけ後退する。その後もコルティナが動く方向にエーレも同時に同じだけ動き、両者の位置関係はほとんど変わらない。
まるで道に映る自分の影法師を追って遊んでいる子供の様に。
「もしかしたら、コルティナはエーレが攻めて来ないと見て、からかってるんじゃないか」
そんな冗談が本当に思えてしまいそうになる位に試合は動かないまま、ついに時間切れを迎えて延長戦に突入した。




