◆131◆
決勝戦でまず予想されたのが、巨大怪獣ミノンを倒したキルヒェが、そのまますんなり勝って優勝というパターン。
次に、どちらが勝つにせよ負けるにせよ、ララメンテ家とレングストン家の名誉を背負った二人の選手が、丁々発止と打ち合い、最後まで大接戦になるパターン。
もしくは、実力伯仲した上位選手同士の戦いにありがちな、静かだが巧みな駆け引きの攻防が続いた末の、地味に決着するパターン。
ところが、今現実に試合で起こっているのは、「ララメンテ家の無名選手レチェが、ついさっき巨大怪獣ミノンに勝利したレングストン家の強者キルヒェから、たいして苦もなく一本取る」、パターンであった。
いくらなんでもこれはない。
観客席で応援していたレングストン家の道場生達は、先程までの浮かれ様とは打って変わり、不安な表情になって、食い入る様に試合を見ていた。
「キルヒェはさっきの試合でケガでもしたのか?」
中でも特に不安で仕方がない様子のティーフが、そんな事を口走る。
「違うわ。動きにおかしな所はないもの」
隣のエーレが双眼鏡を覗きこんだまま答える。
「じゃあ、ミノンさんを倒して気が緩んでしまったのかも」
「あり得るけど、それよりもっとありそうなのが」
そう言って、エーレは双眼鏡を観客席に転じた。
そこは大会中盤でおかしな横断幕が広げられていた場所で、ララメンテ家の道場生達が応援に来ており、もちろん横断幕を用意したコルティナもその中にいる。
エーレが双眼鏡越しに見たコルティナも双眼鏡で試合を見ている所であったが、その口元が「全て計画通り」とでも言いたげに微笑んでいるのが確認出来た。
「コルティナが、キルヒェへの対策を万全にしていたに違いないって事よ。多分、キルヒェの癖はかなり分析されているでしょうね」
それを聞いてティーフの顔がさっと蒼ざめる。
まさに今、両者間合いを取って中段に構え、互いに相手の出方を読み合っている真っ最中であったのだ。
キルヒェを始めとしてレングストン家の選手達は、マントノン家の巨大怪獣ミノンについては念入りに分析し、その傾向と対策を考えて猛稽古をしていたが、ララメンテ家の無名選手レチェはほとんどノーマークで、それほど特別な対策も立てられていない。
キルヒェはレチェをよく知らず、レチェはキルヒェを知り尽くしているとすれば。
その時、大会会場に一つの打撃音が高く響く。
キルヒェが飛び込びざま相手の頭部を狙った剣が、スッと身をかわしたレチェの前に虚しく宙を斬り、次の瞬間、レチェが軽く打ち込んだ剣が、キルヒェの右手を打ち据えていたのだ。
審判はこれを一本と認め、決勝戦はあっけなく終了する。
こうして巨大怪獣ミノンを倒したヒーローキルヒェも、まるでそこで力尽きてしまったかの様に、最後の栄光を掴む事なく倒されたのであった。
「レチェ勝ったー! 高級ホテルの極上スイーツ食べ放題にご招待ー!」
嬉しそうに声を上げるコルティナ。
そんなものの為に倒されたのだとしたら、ヒーローの立場が無さ過ぎる。