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長期化、泥沼化が予想されたエディリア内戦は、一人の武芸者の登場によって、あっけなく終焉を迎える事になった。
武芸者の名はヴォーン・スルー。
当時の国民からは、その超人的な偉業により「勇者」と讃えられたものの、その後自分が開祖となった山奥の道場の門下生達からは、あまりにも何もしないので、「あの野郎」、「道場詐欺」、「迷い込んだ野良猫」などと陰口を叩かれる様になる、あの男である。
山奥で野良猫呼ばわりされる前、「勇者」ヴォーンが「勇者」ヴォーンだった頃の活躍については、またいずれ別の物語で詳しく述べるものとして、ここでは内戦終結からしばらく経った後のマントノン家に話を戻す。
「この子が生まれる前に混乱が収まって、本当によかったです」
出産を間近に控え、ゆったりした肘掛椅子に座るユティルが、その大きなお腹を愛おしそうに撫でながら、しみじみと言った。
「まったく、『勇者』ヴォーンには、感謝してもし足りないよ。この子にとっては神様みたいな人だ」
夫のスピエレも、内戦中の大変だった時期を思い出しながら、同じくしみじみと言う。
その「神様みたいな人」に、二十年後、このお腹の子は戦いを挑むべく、その娘アリッサに迷惑を掛ける事になるのだが、この時点ではそんな事を誰も予想出来なかった。
「この内戦で、多くの人達が亡くなりました。生きたくても生きられなかった人達の無念を思えば、もう、この子が男でない事など、まったく問題になりません。無事、元気に生まれてくれさえすれば、それが何よりです」
事前のエコー検査で、お腹にいるのが女の子である事は既に判明していた。しかし、ユティルは今回の内戦を経て、「何としても跡継ぎをつくらなくては」、という強迫観念から解放されている。
「ああ、そうとも。それに三人も娘がいるんだ。その内、誰かに男の子が出来るさ。その子が成人する日まで、私がこのままずっと当主を続けるよ。『お前みたいな奴は、絶対長生きする』って、よく言われるし」
「ふふふ、気の長い話ですね」
スピエレとユティルは優しく笑い合った。
その後ユティルは無事女の子を出産し、その子はパティと名付けられる。
後に変態淑女と化す三女パティも、小さい頃は天使の様に可愛かった。




