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キルヒェの勝利が確定した瞬間、会場は耳が聞こえなくなる程の割れんばかりの歓声に包まれた。
恵まれた体格と優れた才能を持ち、数多の剣士達を圧倒して二冠まで達成したあの巨大怪獣ミノンを、かつて敗北の憂き目を見せられたほぼ無名の一選手が、再度挑戦の末、見事に倒したのだから無理もないといえば無理もない。
レングストン家の道場生達も思わず観客席から立ち上がり、特にティーフは文字通り飛び上がって歓喜のおたけびを上げた後、隣にいたエーレに抱き付いて泣き出す始末である。
「落ち着いて、ティーフ。まだ決勝戦が残ってるのよ」
そう言ってティーフを宥めるエーレも、目が潤んでいた。
自家の大会で優勝を許してしまった事もあり、「打倒ミノン・マントノン」はレングストン家の悲願になっていたのである。
感極まって泣いてしまったティーフとて、本当は昨年自分を倒したシェルシェと再戦したかった事だろう。
だが、それはもはや叶わぬ夢である。
自分とキルヒェ、シェルシェとミノンの姿を重ね合わせてこの試合を見る事で、ティーフはその叶わぬ夢を見ていたとも言える。
ティーフだけではない。往々にして、人は叶わぬ夢を、自分と何かしら似た所がある他の誰かに託して応援する事で、擬似的な満足感を得るのである。
託す相手はスポーツ選手だったり、アイドルだったり、競走馬だったり、企業だったりと様々であるが、託し過ぎるとストーカーやクレーマーや一文無しになる危険性があるので注意が必要だ。
さて、その様にレングストン家の面々がキルヒェの勝利で沸きに沸いているのに対し、別の場所で観戦していたララメンテ家の皆さんは、異なる意味でキルヒェの勝利を喜んでいた。
「これでミノンの脅威は去ったね」
「結局ウチの選手達だけじゃ、あの猛威を食い止められなかったけど、結果オーライって事で」
「で、後はあのレングストン家のキルヒェだけだけど、勝てるかな?」
そこで皆が意見を求める様に、ララメンテ家のふわふわお嬢様ことコルティナの方を見る。
「勝てるよー。キルヒェへの対策も万全にしてあるし。巨大怪獣を倒す選手は、レングストン家ではあの子だと思ってたからねー」
コルティナはふわふわとした口調で答え、
「マントノン家とレングストン家を争わせて、最後に美味しい所をウチが頂くの。こういうのを、『火事場泥棒』っていうのよねー」
「『漁夫の利』でしょうが。燃えた自分の家から盗んでどうするの」
「うふふ、冗談だよー」
だめだ、どうしてもコルティナと話していると突っ込まずにはいられない。
苦笑する同輩達だった。