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三冠が懸かったララメンテ家の全国大会が近付く中、シェルシェは当主としての多忙な合間を縫って、屋敷の敷地内にある稽古場で、妹ミノンに個人指導を行った。
あたかも、悪の組織のアジトで出撃前の怪人に指令を与える幹部の様に。
「あなたの事です。三冠に王手を掛けている事については、あまりプレッシャーを感じていないでしょうね」
お互い防具を着用したまま防護マスクだけ外している状態で、シェルシェがミノンに言う。
「いや、流石に多少は感じてる。だがここまで来たら、何も考えず、無心でただ一戦一戦に全力を尽くすだけだ」
決意と自信と闘争本能の入り混じった笑みを浮かべるミノン。
「その心意気やよし、と言いたい所ですが、あなたの言う『何も考えず』は、文字通り本当に何も考えてなさそうで心配です」
「心配も何も、本当に何も考えてないんだが」
「なるほど、『巨大怪獣』と呼ばれるのも無理のない話ですね。ですが、考えなしに破壊の限りを尽くす『巨大怪獣』も、最期はその弱点を分析されて人間に倒される事が多いのですよ」
「はっはっは、特撮映画と現実を混同するなんて、子供じゃあるまいし」
「例え話です。稽古に入る前に、あなたに見せておきたいものがあります」
シェルシェは稽古場の隅の方へミノンを連れて行き、そこに置いてある大型液晶テレビのスイッチを点けた。
「これから見せる動画には、先のレングストン家の大会でのあなたの試合の様子が収められています」
「それなら、もう何度も見たが」
「これはあなたが相手に一本取られた時の場面だけを集めた特別編集版です」
動画が再生されると、剣術の試合が唐突に始まり、防護マスクを被っていてもそのでかい図体ですぐにミノンと分かる剣士が、上段から剣を振り下ろすタイミングに合わせ、一回り小さな対戦相手に右手を打たれる場面で一時停止される。
「ああ、この時は油断したな。相手も中々見事だった」
腕を組んで頷きながら感想を述べるミノン。
「油断するとリズムが単調になって挙動が読まれ易くなるのが、あなたの欠点です。パワーとスピードで勝っても、リズムが単調では付け入られ放題です」
「それはそうだけど、かと言ってリズムを崩すとこっちの技のキレが鈍る」
「そうも言っていられません。次の大会に向けてララメンテ家の選手達は、あなたのリズムを徹底的に研究してくるはずですから。何しろ、あの分析魔のコルティナがバックに付いているのですよ」
シェルシェは再び動画を再生し、
「でも今更付け焼刃でリズムを変えるのも危険です。ただ、相手がこちらのリズムを読んでいる事だけは、意識しておきなさい。それだけでもかなり違ってきます」
「はい、分かりました」
「その様子だと、あまり分かっていませんね。とにかく、この動画を最後まで見たら、実際に稽古でシミュレーションしてみましょう」
「ああ、その方が分かり易くていい」
ミノンは頭をかきながら苦笑した。
「動画だけ見て強くなれるなら、誰も苦労はしないさ」