◆12◆
妻のユティルが子供をたくさん欲しいのなら、別にそれはそれで構わない。名家だけあって、何人でも養っていけるだけの余裕位はある。
ただ、「マントノン家の為に何としても男の子を」、と、気負い過ぎてしまっている所が、スピエレは気になっていた。
「その辺は、もっと気楽に構えていて欲しいなあ。こればかりは、どうしようもない事なんだし。でも、自分の様なボンクラと違って、ユティルにはユティルなりに、この家の事を一生懸命考えてくれているんだろう」
愛しい妻子と過ごす日々から多くの幸せを与えられている事を感謝する一方、出来れば妻の願いが叶います様に、と祈る事しか出来ない現状を、スピエレは少し悲しく思うのだった。
そして、色々な思惑が錯綜する中、再びユティルが懐妊する。
しかし時を同じくして、エディリア内戦が勃発。もう、生まれてくる子供の男女の性別など気にしている場合ではなく、大混乱の中、「この国はどうなってしまうのか」、と国民全てが不安に怯える事態となった。
主戦場となった首都エディロでは、マントノン家の本部道場で指導に当たっていた、スピエレの弟エフォールが市街戦に巻き込まれ、瀕死の重傷を負った状態で発見される。
「弟は、何とか九死に一生を得たらしい。しかし、ここもいつ戦場になるか分からない。君は娘達と一緒に出来れば国外へ、それが難しければ、どこか首都から遠く離れた田舎へ避難してくれ」
スピエレは身重の妻にそう告げる。
「あなたは?」
「一応、これでも武芸の名門の当主だから、逃げる訳には行かない。ギリギリまでここに残って、色々やらなきゃいけない事がある」
そう言って、スピエレはため息をついて、
「本当はすごく嫌なんだけど」
と力なく笑った。
「では、私達もここに残ります」
ユティルはきっぱりとした口調で言いきる。
「それはいけない、お腹の子の事もあるし」
「ふふふ、これでも武芸の名門に嫁いだ身です。逃げる訳には行きません」
そう言ってから、ユティルは付け加える様に、
「本当はすごく嫌ですけど」
と、微笑んで見せた。
一見穏やかなその笑みの中に、誇り高い決意を見て取ったスピエレは、
「分かった。今下手に浮き足立っても逆に危険かもしれないし、当分はここで一緒に状況の推移を見守ろう」
と、妻の意志を出来るだけ尊重する事にした。
ユティルは二人の幼い娘達にも微笑んで、
「シェルシェ、ミノン、私達は武芸の名門マントノン家の人間です。家名を汚す様な真似は出来ません。いいですね?」
と、優しい口調で割と厳しい事を言う。
「はい、おかあさま」
三歳のシェルシェは微笑んで返答し、一歳のミノンは訳も分からず、キャッキャとはしゃいでいた。




