◆115◆
あと一本取られるか、このまま時間切れで判定負けとなるか、いずれにせよ、レングストン家の最終防衛ラインは、ミノンにほとんど破られつつあった。
しかし、レングストン家側の最後の一人となったキルヒェは、最後まで試合を諦めない。
両者初期位置に戻って試合が再開されると、キルヒェは中段に構えてミノンとの間合いを慎重に保ちつつ、相手が強烈な突進を仕掛けて来るのを警戒する。
そんな警戒など関係ないと言わんばかりに、すぐさま飛び込みつつ振り下ろして来るミノンの剣を、今度はタイミングよく防ぐ事に成功するキルヒェ。鍔迫り合いのまま、キルヒェはミノンの回りをぐるりと一周し、そうっと離れたかと思うと、いきなりミノンの頭部を狙って鋭い一撃を放つ。
ミノンはすぐに剣を斜めに立ててこれを阻止。そのまま再び鍔迫り合いへ。
両者剣の押し引きを繰り返し、そろそろ審判から離れる様に注意が入ると思われた頃、キルヒェは後に素早く下がり、ミノンがその手元を狙って鋭く打って来たのを紙一重でかわしつつ、逆にミノンの頭部へきれいな一本を決める。
巨大怪獣を手玉に取ったこの一連の動作に、観客も大いにどよめいた。
「作戦勝ちね。それとも無意識かしら」
観客席で見ていたエーレも、キルヒェの大健闘に喜んでいる様子である。
「いずれにせよ、もう時間切れだ」
喜ぶ余裕などなく、まるで我が事の様にハラハラしながら観戦していたティーフが言う。
その言葉通り試合は延長戦に突入し、会場の盛り上がりは最高潮に達した。
マントノン家の怪獣が蹂躙するか、レングストン家の勇者が守りきるか。
試合再開後、ミノンはいつものすぐに飛び込むスタイルをやめて、剣を上段に大きく振りかぶり、キルヒェが来るのを待ち構えた。
キルヒェは中段に構えてこれと対峙し、剣を大きく上下に振って相手の出方を窺っている。
長い読み合いが続いた後、ついにキルヒェがミノンの胴を狙って果敢に飛び込んだ。
それを待ち構えていたかの様に、左手を伸ばして剣を振り下ろし、キルヒェの頭部にぶち込むミノン。
一瞬遅れてキルヒェの剣もミノンの右胴に当たったが、もう遅い。
この瞬間、ミノンの優勝が決定した。
会場のあちこちからため息が漏れる一方で、大きな拍手も巻き起こる。
エーレもまたため息をつき、
「負けたけれど、あの巨大怪獣相手に、皆よくやったわ」
と言って双眼鏡から手を離し、拍手の波に加わった。
ふと、横を見れば、
「あともう少し、もう少しで勝っていた……」
敗れたキルヒェにすっかり感情移入していたティーフが、女泣きに泣いている。
悲しいドラマを見るとすぐ泣いちゃうタイプだ。