◆109◆
「アイドル育成の戦略はさておき、当面の問題は、離脱派が所属していた各支部道場の混乱の収拾です。もちろん、この機にそれらの支部道場の統廃合を進める予定ですが、一方的に上層部から指示すればいいというものでもありません。当主の私が直に出向いて、道場生達の生の声を聞いて回り、極力彼らの意向を組んでの再編成計画を提示するつもりです」
企画進行中のアイドルユニット「マントノン家の三姉妹(仮)」のリーダーシェルシェは、話を元に戻した。
「それは、かなり骨が折れる仕事になりそうだな」
アイドルユニットのファン第一号、祖父クぺが心配そうに言う。
「ふふふ、だからこそやらねばならないのです。誰もが納得出来る結果は出せなくとも、『苦況に立たされた当主自ら、親身になって最善を尽くしてくれた』、という事実は、多少なりとも不満を和らげてくれるでしょう」
「『当主として頑張っています』というポーズを見せる訳か」
「ポーズだけではダメです。本腰を入れて計画案作成に加わる位でなければ、底の浅さを見抜かれて、却って反感を招きかねません。もちろん、最終的な調整は専門家に任せます。それと、こちらはポーズだけでいいのですが」
「何だね?」
「離脱組の慰留です。世間に対して『一応、引き留めようとはしました』というポーズを示すだけで構わないのですが、おそらく私が話し合いのテーブルに着く事すら、彼らは拒否するでしょう。父についても同様です」
「うむ。お前とスピエレは、奴らが記者会見で一番目の敵にしていた攻撃対象だったな」
「必然的に役員の誰かが行く羽目になるでしょう。それでも結果は何も変わりませんが」
「あれだけ派手に記者会見をしておいて、今更戻る訳にも行くまい」
「はい。こちらもポーズだけと言う事で」
その後、シェルシェの読み通り、離脱派はシェルシェの面会の申し入れを断固拒否する旨を通告して来た。
「もう我慢ならん。離脱するにせよ、最低限の礼儀というものがあるだろう。一体何様のつもりだ」
それを聞いて怒ったのは、むしろ叔父のエフォールだった。
「姪との話し合いを断るならば、叔父である私が代わりに行って説教してやる」
いきり立つ熱血カリスマ剣士エフォールの元に、シェルシェが訪れ、
「落ち着いてください、エフォール叔父様。これは全部こちらの読み通りの展開なのです。離脱派の息の根を止める事などいつでも出来ますが、こちらの都合があるので、今はあえて生かしているのです」
と言って、手の内を説明した。
「そんな事を考えていたのか」
「はい、いつか離脱派の皆さんは、『なぜ、あの時、当主の面会の申し入れを断ってしまったのだろう』と、死ぬ程後悔する事請け合いです」
妖しく微笑むシェルシェを見て、複雑な気分になるエフォール。
頭はいいが気性が真っ直ぐなので、この手の謀略の駆け引きは苦手なのである。