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「女が当主であるという事は、女性にマントノン家の道場をアピールするのに格好の宣伝材料です。『マントノン家の道場は、女性でも安心して通えます』、という具合に」
シェルシェはさらに話を続ける。
「女子の部は昔からある。安心して通える点でも何も変わっていない」
前々当主で祖父のクぺが、少し異議を唱えた。
「ふふふ、単に世間の人々が抱くイメージの話をしているのです。ただでさえ剣術道場と言えば、『荒っぽそう』、『堅苦しそう』、『稽古がきつそう』などと、男性的なイメージが強く、経験のない女性には敷居が高く感じられるものです。普段運動していない普通の女性に、『剣術道場とフィットネスクラブ、通うならどっち?』、と聞けば、おそらく後者を選ぶ人の方が多いのではないでしょうか」
「それはそうだろう。その二者はそもそも通う目的が違う」
「はい。前者が主に『強さ』を追求するのに対して、後者が追求するのは主に『美容・健康』です。ならばいっそ、マントノン家の道場も、『美容・健康』の要素を強調してアピールすれば、女性の入門希望者を増やす事に繋がるのではないでしょうか」
「マントノン家の道場をフィットネスクラブにするつもりか。『強さ』を追求する道場生達の立場はどうなる?」
「何度も言いますが、イメージの話です。慣れないフィットネスクラブ化に手を出せば、失敗するのは目に見えていますし。ただ宣伝として女性向けをもっと強調する事は、やるだけの価値はあると思うのです」
「ふむ。そこで女が当主である事が、逆に強みになる訳か」
「はい。特に小さな子供を持つ若い母親が狙い目です。母親が通えば、自然とその子供にも通わせる事になるでしょう。武芸道場の経営の要は、『子供の道場生をたくさん確保する事』に尽きます」
そう言って微笑む孫娘が、何となく子供をさらう魔物の様に感じられてしまったおじいちゃまだった。
色々な事が一遍に起こり過ぎて、疲れているのかもしれない。