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「正直な所、一部の問題ある剣士達が勝手に足抜けする事よりも、今後の武芸ブームの衰退がもたらす影響の方が、マントノン家にとって遥かに深刻です」
シェルシェが話を続ける。
「内戦後の武芸ブームに乗じ、マントノン家の役員達は目先の利益に釣られて、無計画に支部道場の数を増やし過ぎました。『一人たりとも、よその道場に客を取られたくない』、『道場を作れば作る程儲かるのに、指をくわえて見ている奴はバカだ』、と言わんばかりに、です」
「その傾向は私も危惧していた。スピエレも心配していたらしく、『多少よその流派に客を取られてもいいじゃないか』、と言って、逆に役員達から、『経営の苦労を知らないボンクラ当主は黙ってろ』、と吊るし上げをくらった様だが」
前々当主で祖父のクぺが、シェルシェに同調して言う。
「ふふふ、経営の苦労を知らないのはどちらでしょうね。客足が遠のいた余剰な店舗が、経営者にとってどれほど厄介な代物になるものか位、子供でも分かりそうなものです。それに、閉鎖する道場の支部長に解雇を通告するのも、心苦しいものがありますし」
「いざとなったら、そういう嫌な仕事は、全部当主に押し付けるつもりだったのだろうな」
「『道場を作れば作る程儲かる』時代は、もう終わり始めています。一時乱立した怪しげな個人の武芸道場が、バタバタと潰れているのが何よりの証拠です。ウチの様な伝統と実績のある大手には、まだそれほど影響は出ていませんが、不吉な前兆と受け止めるべきでしょう」
「減少する道場生の数に見合ったスリム化を、早急に進めねばならんな」
「今回の離脱騒動は、ある意味渡りに船です。離脱派のメンツは単独で客を呼べる程の人気者揃いですから、彼らの立ち上げる新流派に、ある程度の数の道場生が奪われる事は確実です。役員達も今までの強気な姿勢から一転して、とことん弱気にならざるを得ないでしょう」
「お前が新流派を一瞬で潰せるネタを持っている事を、役員達は知らないのだな?」
「はい。もちろん教える訳がありません。放っておけば、弱りきった役員達の方から、『増やし過ぎた支部道場の統廃合を進めなければ』と言って来る筈ですから」
「こちらの思うツボ、か」
クぺは椅子にもたれて、ため息をつき、
「こう言っては何だが、『お前が男だったら』、と、つい思ってしまうよ。不自然な形の女当主でなければ、この先、お前は支障なく、その手腕を振るう事が出来るだろうに」
しみじみとした口調で言う。
「ふふふ、お褒めに預かり光栄です。ですが、女当主ならではの有利な点もありますから、そこは一長一短です」
そう答えて、シェルシェは微笑んだ。