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これまでの経緯と今後の対策について大まかな説明を終えたシェルシェは、続いて、実の父にして前当主のスピエレに向けられた非難に対する反駁を開始した。
「彼らの声明における誤解の最たる物は、前当主スピエレ・マントノンに対する誹謗中傷です。長年連れ添った最愛の妻に先立たれた悲しみに打ちのめされ、その病床の妻の手足となって忠実に仕えていた侍女からの精神的な支えを受けて、何とか立ち直る事が出来たスピエレは、確かに剣術家、経営者としてはいささか頼りないのではないか、といった指摘は、あるいは一理あるかもしれません。
「ですが、『倫理的な観点から』、当主として相応しくないとの意見には、私は真っ向から異議を唱えます。
「誤解のない様に先に言わせて頂きますが、スピエレの前妻にして私の実母であるユティル・マントノンの存命中は、その侍女とスピエレとの間にやましい関係など一切ありませんでした。ただでさえマントノン家の当主として多忙を極める父と、母の側を片時も離れずに身の回りの世話に従事していた侍女とが接点を持てるのは、母が一緒にいる時に限られていましたから。
「確かに最愛の妻に先立たれて精神的な支えが必要だったとは言え、再婚の時期が早過ぎたのでは、と眉をひそめる向きもありましょう。しかしこれも、自分にとって大切な存在となった女性との関係を、喪が明けるまで隠し通す事を潔しとせず、早くきちんとした形にしてあげたい、という思いやりの表れに他ならず、一般慣習的にはどうあれ、倫理的に問題があるとは思えません。
「身分差の愛を貫く為に当主の座を捨ててけじめをつけた事も、あるいは軽率な行動だったかもしれませんが、一人の男としては、それなりに筋を通したものと言えるのではないでしょうか。
「また、私が当主を引き継いだ事への、『その場しのぎのごまかし』であるという非難については、まだ就任して日も浅く、経験もない我が身を振り返れば、何も言い返す事が出来ません。ですが、誰しも最初は経験のない状態から始まるものであり、そう言われぬ為にも、一日も早く当主として相応しい力量を身に付ける様、努力して行きたいと思っております。
「まだ色々と頼りない当主ではありますが、どうか皆様には、今後ともマントノン家とその剣術を温かく見守って頂けます様、心からお願い申し上げます」
そこで一旦言葉を切り、立ち上がって深々と頭を下げるシェルシェに、観客席からも自然と温かい拍手の波が湧き上がる。
「あれは、シェルシェの偽りない本音だねー。表情にも嘘が見えないしー」
すっかりシェルシェウォッチャーと化したコルティナも、双眼鏡を覗きながらそんな判定を下していた。
ある意味、嘘発見器より精度が高い。