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「レングストン家の執念にしてやられた格好です」
現当主シェルシェは、書斎にいた前々当主の祖父クぺに、今大会についての所見を述べた。
「外部から参加した選手に優勝を許すなど、マントノン家にとって前代未聞の屈辱、と言いたい所だが、去年お前が既にその逆をやってしまっている以上、何も言えんな」
クぺは腰掛けている椅子の背に深くもたれ、天井を見上げながら大きく息を吐いた。
「当時は私が責任をもって、他家からの刺客を返り討ちにするつもりだったのですが」
「一年前は流石のお前も、今こうして自分が当主を継ぐ事になるとは思いもよらなかっただろう。人生、何が起こるか分からん」
「前向きに考えるならば、今回の敗北は、他流試合の怖さをウチの道場生に実感してもらうよい機会となりました。勝手が違う相手というのは、それだけで本当に厄介なのです」
「うむ。敗北は敗北として、そこから何を学び取るかが重要なのだ」
「手痛い敗北でしたが、商業的な見地から言えば、今大会は大勝利です。チケットは完売、観客は最初から最後まで盛り上がり、今後の入門希望者の増加も見込まれます。実際、去年他家に優勝を許してしまったレングストン家とララメンテ家でも、大会が盛り上がった結果、道場生は減るどころか大幅に増えましたから」
「このまま何もなければ、商業的には実に結構な事だったのだが」
「ふふふ、そういう訳にもいきません。造反組のXデーが確定しました」
「いつだ?」
「全国大会一般の部の当日です。彼らは全員、大会をボイコットして、別の場所で旗揚げの記者会見を行うつもりの様です」
「よりによって当日か。嫌がらせにも程がある」
クぺは体を起こして、机に肘を突いて両手を顔の前で組み合わせ、眉間にしわを寄せて苦々しげに言った。
「マントノン家との決別を世間にアピールするには、それが最も効果的なタイミングと考えたのでしょう」
シェルシェは、そこで妖しい笑みを浮かべ、
「ならば、こちらも知らない振りをして、せいぜい当日は驚いた風を装ってあげましょう。造反組にとっては、それが最初で最後の晴れ舞台となるのですから」
と、邪悪な黒シェルシェにモードチェンジ。
そんな黒シェルシェを前にして、クぺは目を閉じ、この孫娘がまだ小さくて天使の様だった頃を思い出していた。
本当に人生、何が起こるか分からん。