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才色兼備、名門の当主の妻として何ら遜色のないユティルと、平平凡凡、お前それでも名門の当主かと疑わざるを得ないスピエレとの結婚生活は、プラスとマイナスが上手くかみ合ったのか、周囲の予想以上に幸福なものとなった。
しかし、父クぺの期待に反して、結婚後もスピエレのボンクラはまったく治る気配がない。よく出来た奥さんをもらった事で、却って安定してしまった感さえある。
それでも子供が出来ればあるいは治るかも、と望みを捨てないクぺ。
しかし結婚から約一年後、息子夫婦の間に女の子が生まれると、初孫の可愛さにすっかり脳をやられてしまったクぺは、もう息子のボンクラ云々など、どうでもよくなってしまう。
シェルシェと名付けられたその孫娘を腕に抱き、
「おお、よしよし、お前はお母さんに似て、将来別嬪さんになるぞ」
などと、大はしゃぎでのたまうクぺは、既に息子以上にボンクラ化していた。
「顔立ちといい髪の色といい、君にそっくりだね。このまま、私に似ないで育つといいのだけど」
むしろボンクラ息子のスピエレの方が冷静になって、妻にそんな事を言う始末。
「ふふふ、そんな事ありませんよ。あなたに似たら、きっと優しい子に育つでしょう」
よく出来た妻は、こんなボンクラ夫にも、良い面を見い出せるものである。
「優しいだけでは、このマントノン家で生きて行くのは辛かろう。強く賢い子になって、逆風に耐え抜いて欲しいものだ」
そこで、「娘は私が逆風から守る」、と言わない辺りが、スピエレのスピエレたる所以である。
「なら、次は男の子が欲しいですね。このお姉さんを守る、強い騎士様になってくれる弟が」
そう言って笑うユティルの真意は、「跡継ぎとなる男の子を産みたい」、という切なる願いに他ならない。
誰も面と向かっては言わないが、名家の当主の妻に対して、無論それは強く望まれている事であり、ユティル本人も少なからずプレッシャーに感じている。
「はは、じゃあ頑張ってみようか。でも、こればかりは神様のお決めになる事だからねえ。それに」
スピエレはシェルシェを抱き上げて微笑みかけ、
「男でも女でも、そんな事は我が子の愛しさには関係ないさ」
と、普通の親としては合格だが、名門の当主としては少し配慮が欲しいかもしれない呑気な言葉を口にする。
そう割り切れれば、どんなに楽かしら。
ユティルの表情に一瞬そんな暗い影が差したが、すぐに明るさを取り戻し、
「ええ、それはもちろんです」
と、この優しい夫の言葉に同意した。




