ネコタコ
(2016/02/17)
春の昼下がり、三毛猫が浜辺を散歩していました。
向こうでは人間たちが遊んでいます。
猫は波打ち際で昼寝をしているタコを見つけました。
頭を低くして、ゆっくりと近づきます。
タコは足を波に揺らせて寝たまま気が付いていません。
「ニャー!」
飛びかかるとタコの頭をしっかりと押さえました。
「なんだ! なんだ!」
タコはもがいて振りほどこうとしますが、しっかりと頭をつかんだまま猫はタコを陸に引きずっていきました。
「いったい、なんなんだ! 僕をどうするつもりだい?」
「俺は猫だニャー。猫は魚介類を食べると決まっているニャー」
赤いタコが青くなりました。
「そんな既成概念に縛られていると自由な発想ができなくなりますよ」
猫は頭を押さえていた前足を緩めます。
「そういったものかニャー。猫のアイデンティティーが崩れてしまった。仕方がない、食べるのはやめるニャー」
タコは8本の足をくねらせて猫の肉球から逃れました。
荒い息をしてタコが言います。
「じゃあ、代わりと言ってはなんですが、合体することにしましょう」
「合体?」
「そうです、合体です。合体してネコタコとなるのです」
「面白そうだニャー。よし、合体するニャー」
タコと猫は腕を組んで叫びました。
「ネコタコ、がったーい!」
ポンと音がして猫とタコは繋がってしまいました。下半身が8本足のタコで、上が猫です。
「合体成功ニャー。よし、これで人間を脅かしてやるニャー」
ネコタコは海に入り、人間たちが遊んでいる浜辺の近くまで潜っていきました。
ころ合いを見計らって、海から飛び出します。
「ネコタコだニャー! 人間ども恐れおののくがよいニャー!」
少女たちの前に躍り出て、両手を高くあげての威嚇。
それまで歓声を上げて遊んでいた少女たちが言葉を失いました。しばらくの沈黙。波の音だけが聞こえます。
「キャー! カワイイー!」
女の子たちはネコタコを捕まえていじくり回します。
「何をするニャー」
ネコタコは、肉球をプニプニ、お腹をモフモフ、耳をピンピン、足の吸盤をキュパキュパされて少女たちに蹂躙されています。
「これはたまらんニャー」
必死に少女たちの手を逃れて海に逃げ込みました。
陸に上がり、岩場の陰に隠れて合体を解除。
「大変な目にあったニャー」
「どうも僕たちは人間を甘く見ていたようですね」
足をくねらせてタコがぼやきます。
「恐れを知らない奴らだニャー」
肩を落として猫がため息をつきました。
「気分直しに竜宮城に行きませんか」
「竜宮城? そんなものが実在したのかニャー」
疑わしそうにタコを見ました。
「楽しいところですよ。さあ行きましょう」
タコの申し出を受けて、猫は再び合体して海底に向かいました。
海の底の底。立派な城が海底に輝いていました。
ネコタコが門をくぐって中に入ると、多くの魚やきらびやかな衣装をまとった女がいてにぎやかな所でした。
人魚が舞い、色とりどりの魚が踊っています。
「合体かいじょー!」
タコと分離して、猫はあたりを物珍しそうに眺めました。
「そういえば、人間も来ていたはずですよ」
「どんな人かニャー」
「確か、浦島次郎という男の人です」
「では、挨拶に行くニャー」
タコと猫は宴会場に行くと、酒を飲んで上機嫌になっている若者を見つけました。
そこではタイやヒラメが舞い踊り、次郎は着物の胸をはだけてタイやヒラメの刺身を食べています。
「こんにちはニャー」
猫が頭を下げると、次郎は目を丸くしました。
「おお、こんな海の中に猫がいる」
長い髪を後ろで縛った頭をかきます。
「次郎さんは、いつからここにいるニャー」
次郎は盃の酒をグイッと飲み干しました。
「そうだなあ、ひと月以上は遊んでいたかなあ……」
それを聞いてタコが目を曇らせます。
「あの……、言いにくいことなんですが」
「なんだい、タコ」
「地上とこの城では時間の流れが違うと知っていますか」
持っていた盃が音をたてて床に転がりました。
「違うって、どれくらい経っているんだ?」
「多分、100年以上は経過していると……」
口を開けたまま言葉が出ません。
「すぐに帰らないと」
立ち上がり、ふらつく足で宴会場を退出。
猫たちが付いていくと、次郎は立派な部屋に入りました。そこには美しい乙姫がいました。
「乙姫様。私はこれで帰ることにします。歓待してくれて、ありがとうございました」
「まだ楽しんでいてくれても良いのですよ」
乙姫は次郎を引きとめますが、彼の決意は固いようです。
「仕方がありませんね」
そう言って彼女は奥から玉手箱を持ってきました。
猫は思わずうなり声を上げます。タコは猫の足をぎゅっと握って頭を横に振ります。
次郎は、ありがとうございましたと礼をして部屋を出ます。
「その箱は決して開けてはいけませんよ。良いですね」
背中から声をかけましたが、次郎は振り返って軽く会釈しただけで足早に門を目指します。
「俺たちが陸に連れていくニャー」
合体したネコタコにつかまり、次郎は人間の世界に向かっていきました。
地上に出た次郎は、何も言わずに立ちすくんでいました。
彼が見るものはすべて見たことがないもの。浜から見える建物は自分の常識を越えた物だったからです。
海に目をやると、ジェットボートが白波を立てて海上を疾走しています。
砂の上に座りこむ次郎。
「気をしっかり持つニャー」
前足の肉球でポンポンと肩を叩きます。
「まだ、人生が終わったわけではありません。気を強く持って生きていきましょう」
タコが慰めても若い男にとってはショックが強すぎたよう。
「俺の母ちゃんや兄ちゃん、それに隣の呉作どん。誰もいなくなったんだなあ……」
砂の上に涙が落ちました。
「そうだ!」
そう言って脇に抱えていた玉手箱を開けようとします。
「やめるニャー。それを開けると爺さんになってしまうニャー」
しっかりと前足で蓋を押さえました。
「そうですよ、次郎さん。乙姫様も言っていたでしょう、開けるなと。開けてはいけない物を渡す理由が理解できませんが、とにかくそれを使ってはいけません」
次郎の手に足をからませて、吸盤でがっちりと制止します。
「いいんだ。爺さんになろうと。人間界での時間が経過しているのなら、俺もそれに合わせて歳をとるべきなんだ」
タコと猫を振りほどいて玉手箱を開けてしまいました。
箱から煙が噴き出し、あたりが白くなります。
視界が回復すると、そこには次郎の姿はありません。
「どこだニャー」
あたりを見回しましたが、誰もいません。
「ああ、なんてことだ」
タコが玉手箱の近くに散らばっている白いものを拾いました。
猫がよく見てみると、それは人の骨でした。
「そうか、竜宮城にいた期間が長すぎたニャー」
悲しそうに鳴いて、首を振ります。
「このままにしておくこともできません。埋めてあげましょう」
タコは八本の足で次々と骨を箱の中に放り込み、猫は砂浜に深い穴を掘りました。
そこに箱を収め、砂で墓を作りました。
そして、猫は肉球をタコは吸盤を合わせて次郎の冥福を祈ったのです。
どっぴんからからどっこいしょ。おしまい。




