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エピソード5

 この後、ミサミとの数回にわたる協議と調整の末、レイくんに『選択』を提示する日は、彼が復学した最初の日にする事となった。当分の間は未定ってこと。私たちは精神的に宙ぶらりんの状態になる。でもこれは仕方ない。向こうもまだ体調万全じゃないだろう。それに先に取り戻さなきゃいけないのは、通常の生活だってことくらい理解できる。


「青山くんのお見舞いに行っちゃダメだよ。抜け駆けは無しだからね?」

 ミサミは私に何度もそう釘をさしていた。とか言いながら、アイツ絶対自分は抜け駆けすると思うよ……そういう女だよ。ミサミは結構可愛いのに私以上に友達いないのが不思議だったけど、ここ数日で理由がわかった気がする。痛いほど。


「何で私が、ミサミに行動規制されなきゃならないんだろ……」

 夕日で赤く染まる下駄箱で靴を履き換え、愚痴がこぼれた。

 私は今日、保護者懇談会の書類作成の手伝いで教師に駆り出され、会議室で一人居残り作業をしていた。そうしたらそこに顔を出したミサミが、あれこれあれこれ言ってきたのだ。


「青山くんにメールなんかしてないよね」

 だの

「お母さんに連絡するのもダメってわかってるよね?」

 だの……。

 うるさいから、「ハイハイ」と流しておいた。

 ミサミは子供っぽい。純粋と言えなくないのかもしれないけど、こっちとしては何かもうキモい。そしてウザい。人は恋をすると綺麗になるなんて言ってた奴は、恋をしている人間を至近距離で見た事が無かったんだと思う。


 ニイナにその話しをしたら、あいつはあいつで

「イチカはライバル知らずな人生送ってきたからね~」

とか言ってへろへろ笑い

「それに何だかんだ言っても、お嬢だもんね~」

と言って流された。絶対馬鹿にしてる。まぁ確かに、これまで私のライバルになろうとする子は存在しなかった。だからいくら男歴がそこそこあるとは言っても、結局お嬢サマ育ちだって言いたいんだろう。くっそー腹立つ……。


「あーあ、何でこんなことになっちゃうかなー」

 履き替えた黒いローファーの爪先を見つめ、無意識でぽそっと呟いた。

「大丈夫、イチカさんの完全的最終勝利は約束されていますよ」

「それはわかって……って、ぎゃあ!?」

 突然背後から聞こえた声に、リアルに飛び上がって振り向くと


「び、びっくりしたぁ……く、黒田くん?」

 そこには同学年の、黒田シオンが立っていた。足が半歩後ずさる。


「御心配には及びません……俺達イチカ☆スーパー・ファンクラブは、イチカさんを命を懸けて守り、堂々たる正義を成すための訓練を日々積んでいます。フォローアップは完璧ですよ」

 黒田はそう言って、完全な球形の顔を乗せた180cm近い長身を屈める。やり過ぎなデカい黒縁眼鏡のフレームを摘まみ、高速で動かしてにやりと笑った。怖いです。


 あらゆる残念要素を詰め込んで出来ているこの男は、校内で私のファンクラブを無許可で設立した張本人だった。しかもファンクラブ会長だったりする。同学年ながらクラスが違うのだけが救いだった。尚、私が入学した当日に足元に跪いて、「下僕と呼んで下さい!」と宣言してきた変態でもある。ちなみに私は今もファンクラブを承認していない。しかしながら鬱陶しい部分もある半面、こいつらが勝手に私の周囲の治安を維持してくれている部分もあるので、現時点では放置している。


「黄ノ下もいつかわかりますから! 天より光臨せし偉大なるイチカさんこそが、地上の美と愛とを具現化する荘厳な存在であり、己がその足元にも及ばないということが!」

 黒田は握り拳を胸に当て、空(天井である)に向かって意味不明な事を叫ぶ。ミサミの名前を出してきた男子学生の発言に、私は「ん?」と違和感を覚えた。


「な、何でミサミと私たちのこと知ってるの?!」

 先の発言内容のうち、『天』や『正義』はどうでもいい。どうしてコイツが私とミサミのやり取りを知っているのか。そこが問題。すると黒田はグッと親指を立てて言った。


「えーもう、イチカさんの事なら本人よりよく知ってますんで! 靴のサイズから今まで使ってきた洗濯芳香剤の種類まで!」

 わぁー……(キモい)。何気ない顔してかなり衝撃的なこと言ってくれたこの人。どうやって調べてるんだろ……。それにしても


「ね、ねぇ……それ知ってるってことは、じゃあ、あの、もしかして……」

「もちろん、イチカさんが青山礼とお付き合いを始められた事も、我ら既に把握した上で全メンバーに通知しておりますよ!」

 怯える私の気も知らず、自称ファンクラブ会長は無駄にデカい声でもって、もう一段上位のショックを提供してくれた。


 ぎゃあああああ! どこで見てたんだよ! さいあく! 今私の心の中で、猛烈な恐怖と絶望と緊張が嵐となって吹き荒れている! 考えようによっては私がレイくんと付き合ってたことを知る証人と言えるから、喜ばしいとも言えなくない! だがしかし! 何も悪いことしてないのに、見た目が他人の好みど真ん中に生まれたってだけで、どうしてこうも監視と観賞と個人情報収集の対象にされなきゃならないの! プライバシー! プライバシー!


「あ、あのぉ……私が誰と付き合ってても、怒ったりしないよね?」

 もし苦情言ってきたら国家権力に通報しようと考えながら尋ねると、黒田のやり過ぎ眼鏡がきらりと光った。


「勿論っすよ当たり前じゃないっすかッ! 会長の重責を任されている自分ッスよ?! イチカさんに全てを捧げ、幸福を実現する事が人生の全てですから! 『付き合いたい』なんぞという不埒で低次元な感情は生まれる前に捨て去らないと! 千年に一人の絶対大英雄美少女イチカさんとお付き合い? そこらの激安アイドルとは違うのだよ! そんな非常識な輩はイチカさんのファンに非ず! 不心得者には鉄槌を! その咲き誇る紅薔薇の如き絢爛な姿を目に映す資格もない! 正に下の下!」

「わかった、わかったから……」

 キモさは変わらないとはいえ、私に害悪が及ばないならもうそれでいいわ、どうにでもなれ。個人情報の保護についてある程度諦める事にした私は黒田を残し、足早に校門へ向かって歩き出した。


「イチカさん! 一緒に下校させて頂いても宜しいでしょうか?! 自分、5m以上離れて歩きますので!」

「やだ! 500Kmにして!」

「断り方がかーわーいーいー!」

「うぜぇーッ!!」

 スマホで迎えの車を呼びつつ、後ろからバタバタ追いかけてくる黒田を全力で拒否るついでに言い返していると、校門の辺りでネイビーブルーの乗用車が止まるのが見えた。うちの車じゃない。そして車のドアが開き、降りてきた人を見た途端。私の足が痺れて動かなくなる。


「あ……!」

 一瞬、時間が止まった気がした。

「うぬぅ?! 青山礼?!」

 追いついてきた黒田が、私の代わりに叫ぶ。


 そう。車から降りてきたのはレイくんだった。

 青いネルシャツに黒のジーパン。白いスニーカーという普段着だった。彼は少しぼーっとした顔で、オレンジ色に染まる校舎を見上げている。それが、私の方へ視線を移した。へえ……いつもこういう服着てるんだ……服も極めて普通だわぁ、とか思っていると、今度は助手席のドアが開いてレイくんのお母さんが出てくる。


「あら、こんにちは。この前はありがとうね」

 私を見つけ、お母さんは微笑みながら声をかけてくれた。

「礼、ここが事故の前にあなたが通っていた学校よ?」

 自分より背の高い息子に寄り添い、お母さんは説明していた。運転席からお母さんに何か声をかけているのは、お父さんかな。


 ――――どうしよう……。


 そう思ったきり、私はその場で立ちすくんでしまった。三歩先には、レイくんが居る。告白された日に、さよならして以来の再会。


『抜け駆けは無しだからね?』

 ミサミの言葉が脳内で再生される。

 だけどこれって、私が会いに行ったわけじゃないぞ。あくまでも偶然再会しただけだもん。ここでレイくんとお母さんを無視して帰る方が、人間的に不自然で、失礼だよね? うん、そうだ。何も後ろ暗いことなんかない。それに抜け駆け云々だって、ミサミが勝手にルール設定しただけじゃないの。


「見学ですか?」

 思い切って、話しかけてみた。お母さんの方に。するとお母さんは笑って頷いた。

「ええ、一度見に行きたいっていうから、主人と一緒に連れてきたの。礼、同じクラスの赤羽根さんよ。そちらは、ええと……?」

「黒田と申すつまらぬ男です。通りすがりの銅像だと思って、気にせずどうぞお続け下さい」

 逆に気になるます。でも幸い、お母さんは通りすがりの銅像の言動にはそれほど関心を向けず


「赤羽根さんは、この前も病院にお友達とお見舞いに来てくれたのよ。ちょうど検査で、会えなかったのよねぇ」

 そう言ってもう一度、私に話しを振ってくれた。お母さんステキ過ぎる。お母さんの言葉で、きょろきょろしていたレイくんの視線が、再び私の方へ戻って来た。じいっと見つめてくる様は、まるで小さい子供のようだった。


「こんにちは……久しぶり」

 私は出来るだけ自然に笑って、出来るだけ心を落ち着けてレイくんへ話しかけた。彼もおずおず頭を下げる。殆ど表情を動かさないまま

「……どうも」

 一言だけ、返事があった。この人、こんなに声低かったっけ? と少し驚いた。私は迷った末、小さく息を飲み込んで


「私のこと、覚えてる?」

 聞きたかったことを尋ねてみる。すると、レイくんはちょっと困った顔をした。そうして

「ごめん」

 物凄く小さい声でそう言い、こちらから目を逸らして俯いてしまう。どうしたらいいのかわからないといった感じだった。


 ああ、やっぱり私のことも忘れちゃったんだという気持ちと、予想していたより多少大きかった精神的動揺を感じ取りつつ


「あ、ううん。いいのいいの、気にしないで」

 私は慌てて手を振り、笑ってみせた。

「イチカさん、今の手を振る角度絶妙でした!」

「お願いだから今だけ黙ってマジで!」

 空気ぶち壊すな、このデカ眼鏡! と、私が黒田に気を取られた時だった。


「礼? どうしたの? 頭が痛いの?!」

 お母さんのうろたえた声がする。ハッと振り向くと、レイくんが右手で額を押さえていた。

「レイくん?!」

「だ、大丈夫……」

 口では大丈夫と言っていても、目を硬く瞑り眉間に皺を寄せている様子は大丈夫そうには見えない。うわ、何か本気で辛そう。話しかけたの、マズかったのかな。


「久しぶりの外出で疲れたのかしらね。今日はもう帰りましょ」

「うん……」

 心配そうなお母さんに支えられ、車の方へ引き返しかけた。

 そのレイくんが、途中で急に私の方へ振り向いた。刹那の静寂の後


「……またね、赤羽根さん」

 ふわっと微笑み、そう言った。

 ……あ、何だろう? 今ちょっとだけ、泣きそうになった。


「無理しないでね」

 私もそう答えて、知らないうちに微笑み返していた。僅かに頷いたように見えたレイくんは、お父さんとお母さんに促され、車へ乗り込んでいく。お母さんが「ごめんなさいね。じゃあね」と手を振ってくれる。そのまま私は一人、薄い排気ガスを残して去って行く車を見送った。これで終わればセンチメンタルだったんだろう。


「こうして黄昏の茜色にイチカさんの透明感は一際輝き、奇跡が織りなす一つの芸術としてそこに立ち現れたのです。柔らかく繊細な黒髪が風で靡き、日常の景色すら気高い名画へと変わる瞬間を目の当たりにした我ら人類は、ただ涙を流すのみ。大人と少女の中間を併せ持つその可憐さと、去って行く人を想う憂いを帯びた表情が悲哀を伴い美しき青春の幻想となって」

「そこの実況うるさい!!」


 以上、全部台無しになった現場からお送りしました!

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