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エピソード4

「口が滑ったっていうか」

 これがミサミの言い分だった。そんな簡単に滑らせちゃダメじゃん……。


 黄ノ下ミサミは同じクラスの女子だった。

 折れそうなほど華奢で、背もちっちゃい。ばさばさの睫毛に円らな薄茶の瞳。ナチュラル系のショートヘアが似合う、小動物系の女の子。可愛い部類に入ると思う。ただ私以上に友達もいないし、無口で暗くて教室でも一人で本を読んでいる。好意的に言えば、文学少女風の雰囲気を漂わせる子なのだ。しかし口を開くと、かなりの不思議ちゃん。それは知っていた。でもここまでとは思っていなかった。


 堂々とし過ぎているミサミを前に、私とニイナは唖然呆然。こうしてテスト期間の放課後を利用してミサミを学校の渡り廊下へ呼び出し、事実関係を確認する寸前まで、もしかしてもしかするとレイくんの二股の可能性もあるかと私は考えていた。一先ずそれは無さげで、そこはいいとしてもだな。


「病院にお見舞いに行ってぇ……青山君に会ったら、何か『こんなこともあってイイんじゃないかな~?』って思えてきて、それで」

「良くない良くない」


 開いた口が塞がらないとはこのことで……。本能と勢いに任せて、ミサミは相手の記憶が無いのをいい事に、彼女のポジションに納まっていたのだった。何のどの辺で自分にスタートサインを出しちゃったのか1ミリもわからない。しかしミサミの中ではOKだったらしい。自由過ぎる。


「それで、『実は私達、付き合ってたんだよ~?』とか言ったの?」

 私が引き気味の半笑いで尋ねると、ミサミは細い身体をくねっと曲げる。ブレザーの袖からはみ出たグレーのカーディガンの袖口をいじり、小さな口を開いた。


「『アタシと付き合ってたの覚えてる?』って聞いてみただけ。向こうは『覚えてない』って言ってたけど」

「うん、まぁ、覚えてないよね!」

「覚えてたら怖いよ! 無いはずの記憶なんでしょ!」

 ニイナと代わる代わる叫んだ。怖いわこの娘! 悪意が欠片も無いところが、また恐怖を倍増させるわ。


「ミサミさぁ……このままウチらが来なかったら、ずっと彼女でいるつもりだったの?」

 恐る恐るといった感じでニイナが尋ねると、ミサミは簡単に頷いた。


「うん。だって私の方が、ずっと前から青山君のこと好きだったんだよ? 誰も困らないし、別にイイじゃん」

 何も良くないでしょうが。何なの、この躊躇いの無さと罪悪感の薄さ。愛の前で許されるのは、ハゲと性別と年齢差くらいで止めとけって、どこかのおばあちゃんが言ってたよ? と、


「大体、何でアタシが文句言われなくちゃならないの? 文句言いたいのはこっちだよ」

「はい?」

 突然始まったミサミの苦情に、私の口から思わずスットンキョーな声が出た。ショートカットの下にある大きなお目目が、上目遣いでこっちを見ている。

「どうしてイチカちゃんが青山君と付き合ってるの?」

『誰に断って付き合ってんだ』とでも言いたげだな。いたいけなふりして、さすがですミサミ様……。


「レイくんから付き合ってくださいって告られたって、さっき言ったよね?」

 髪を掻き上げ、溜息交じりで返す私に

「知らないもん、そんなの。イチカちゃんの嘘かもしれないし。証拠あるの?」

 尚も上目使いで、ローテンション且つ逆ギレもいいとこなミサミの反論があった。しょ、証拠ぉ?


「無い、けど……」

 口の中で言い淀んでしまった。唯一証拠があるとすれば、私がほぼ誰にも教えていないメールアドレスと携帯番号を、レイくんが持ってること。ただしその確認は、交通事故の際にスマホが壊れてなければの話になる。こ……こんなことで圧倒されてたまるか!


「だから何? アンタの嘘を正当化する理由にはならないじゃん」

 見返して言ってやったら、ミサミも黙り込んだ。あ、今コイツ「チッ」って舌打ちしたよ。話しの持って行き方によっては、どこまでも嘘で塗り固めてシラを切り通すつもりだったってことか。やりそうだから恐怖。


「それで青山君を取り返しにきたの?」

 不満大爆発なオーラをほとばしらせて、ミサミが言った。『取り返す』って万引きじゃあるまいし。イチイチ言い方が神経逆撫でするなぁと思いながらも

「今日はミサミが何言ったか聞きに来ただけ」

 出来るだけ冷静に、そう答えた。すると


「ねぇ、付き合い直すの? 青山君、イチカちゃんのこと忘れてるんでしょ?」

 こちらへ近付いて、透き通った瞳が超どストレートな事を訊いてくる。デリカシーも気配りも、完全無糖のゼロカロリーです。目が綺麗な人間なんてロクなもんじゃないと知った、17歳の今日この日です。


「イチカちゃんは青山君のこと、元々そんなに好きじゃないんでしょ? じゃあもう良くない?」

「何がイイのか全っ然わかんない!」

 ミサミの言動にいいかげん私もキレてきて、ほぼ反射的に言い返した。ちっちゃいミサミに長身の私が大声出すと、どうしてもいじめてるみたいな構図に見えるので抑えてましたが、そろそろ限界。


「それはつまり、私に譲れとか、そういうこと言いたいの?」

「そこまでは言ってないよ」

「じゃあ何が言いたいの?」

「イチカちゃん美人だし、お金持ちなんでしょ? 他に付き合いたいヒトいっぱいいるでしょ? だったら少しくらい遠慮するべきじゃないのかなぁ~って」

「つまり譲れって言ってるのと同じじゃんよ!」


 もう疲れてきたな、コイツと喋るの! 小学生か! いや、それは小学生に失礼か。


 実を言えば、ミサミの話しを聞いてさっきまで『そんなに好きだったんだ……』と、ちょっとだけ情にほだされるっていうの? そういう気分になっていた私がいた。嘘ついてでも、レイくんと付き合いたかったのかなって。まず私を相手に一歩も引かないなんて、むしろ度胸があるとすら思った。


 これまでも私にライバル宣言してきたり、男の略奪を企む子はいなかったわけじゃない。それでも私と『差が歴然』とし過ぎていて男心に付け入る隙が無かったり、もしくはライバル宣言した本人が勝手に勝ち目がないと悟り、負け惜しみだけ叫んで逃げて行く自滅パターンしかなかった。


 なりふり構わず邁進するミサミは健気だと思った。思ったんだけどね。

 でもやっぱりダメだわこれは。ここだけはハッキリさせておこう。


「とにかく、身を引くとか遠慮とか、そういうのは無いから」

 私はミサミにきっぱり断言した。他の誰かならまだしも、こいつは無い。邪な小動物の脅威から、記憶喪失の彼を守らないと。これはレイ君に対する、私のせめてもの誠意の表れでもあるのよ。


 私に言い切られたミサミは、少し悲しそうに睫毛を伏せて呟いた。


「イチカちゃんて見かけによらず、すごい強欲なんだね……もっと心も綺麗な子だと思ってたのに」

「アンタ私の何を知っててそんなこと言ってんの……つーかミサミに言われたくないから」

「あー、めんどくさい」

「どっちが!?」

 恋愛とはもう少し美しいものだと思ってた私の想像は、幻想だったんですね。こんな私たちの不毛極まりない会話を横で聞いていたニイナが、苦笑混じりで口を挟んだ。


「何かさー、もうややこしいから青山に直接聞けば? 誰と付き合いたいですかって」

 突飛なアイディアが飛び出してきた。私は「え?」と微妙にうろたえる。

 どうしてそんなことを問い直さなければいけないの? それに

「……それ本人、ものすっごい負担にならない?」

 記憶もまともに戻ってない中で、こんな選択を迫られるなんて結構な悪夢じゃないですか。


「でもさ、青山は事故前の人間関係とか、全部忘れてるでしょ? こうなったら、もう一度『誰が好きですか?』っていうそこから仕切り直すしかなくない? このままだと埒明かないっしょ? 泥試合じゃん」

 ニイナは相変わらず楽しそうに笑っている。ええ、他人事として見る分には楽しいでしょうよ。うあー、腹立つ。


「まー、わざわざアイツに聞かなくても良さげだけど。結論が欲しいなら、本人に聞いちゃうのが一番早いんじゃないかと思うわけですよ。前と同じようにイチカのこと好きならそれで良いし、もしかしたら気が変わって、ミサミの方が好きってなるかもしれないけど」


 他人事なニイナは、続けてポイポイ言ってきた。ミサミが口を噤み、私も外の景色へ目を逸らして考え込んでしまう。言われてみたら、ニイナの提案は意外とフェアかもしれないと思えてきた。


 レイくんの人間関係は今、初期化されている。そういう意味において、元カノの私と今カノのミサミは(やや納得いかないとはいえ)同レベル。記憶を無くす前の時間なんて、殆ど意味が無いのも同じだろう。お母さんが「育て直す」と言うほどなんだから。いくらミサミの『今カノ』が嘘の産物とはいえ、私の『元彼女』の肩書だって、ただそれだけのものと言われてしまえば、その通り。付き合ったのも実質1日かそれ以下なら、尚更じゃないの?


「じゃあ……そうする?」

 若干の不本意を織り交ぜつつ言うと

「わかった。いいよ」

 ミサミは思ったより素直に頷き了解した……と、思ったら。


「でも、イチカちゃんが『青山君と付き合ってた』って教えるのは無しだからね?」

「は? 何で?」

「だって不公平じゃん」

「いやややや。不公平の意味がわかんない。事実を言うだけでしょ?」

「ダメ! ずるいよそんなの」

「だから不公平とかずるいとか、さっきからアンタの頭の中どんだけ自分中心で回ってんの……っていうかニイナ笑い過ぎ!」


「でぃやっひゃひゃひゃひゃ!」と大笑いして渡り廊下の柱を殴っているニイナを、私は振り返りざまに怒鳴りつけた。

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