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エピソード2

 次の日にはレイくんの交通事故の話しはクラス中に広まり、みんな騒いでいた。学校と友達関係には、親御さんから報告があったらしい。


「信号待ちしてたら、ハンドル操作誤った車にチャリごとはねられたんだって。10対0で相手の過失」

「それでもアイツ超運が良くて、すぐに意識は戻ったし、怪我も奇跡的に掠り傷ですんだんだってさ」

「だけど記憶だけ無いんだろ」

「マジで記憶喪失なの? そんなの現実であんの? すげー!」

「これから生活どうすんだ。大変だよな?」


 男子達の盛り上がる噂話のおかげで、私も彼の事故と大まかな状況を知ることが出来た。レイくんに直接連絡する事も一瞬考えたけど、入院している人の迷惑になるだろうからやめた。


 そしてこの翌日の朝礼で、担任のK教諭(男)から改めてクラス全体に報告があった。病院へ面会に行った担任の話しだと、当人の回復の程度によるものの、しばらく経過を見るためにレイくんは入院するとの事だった。


 彼はモノの名前や生活に関する事柄はほぼ覚えているという。食事や着替えやトイレも普通に出来る。“ご飯”や“コロッケ”や“味噌汁”や、箸の使い方も覚えている。自分が“病院”に“入院”している事も理解出来るし、“お医者さん”や“看護師さん”もわかる。


 だけど自分の『青山礼』という名前も年齢も。家の住所も電話番号も、ご両親の顔さえ覚えていなかった。お医者さんに名前などを色々尋ねられても、ことごとく

「わかりません」

 と答えたそうだ。親戚や友達の写真や動画を見せても、「知らない」「思い出せない」と言う。当然その他の事も忘れていて、担任が面会しても、きょとんとしていたって。


 要するに、レイくんの記憶からは自分史に関する全てと、そこに連なっていた登場人物の顔や名前が、ごっそり消えてしまったっていうことみたい。


「というわけで、突然記憶が元に戻ることもあるようですが……青山は当面休みになります」

 担任はご両親から、クラスメイトに伝えてくれと頼まれた彼の近況についてそう説明した。レイくんと親しかった人もそうじゃない人も。ついでに私もそれなりにショックを受けて、朝の教室は変に静かになった。


「センセー、青山って復学するの?」

 そのうち誰かが質問した。

「えー?」

「そりゃするだろー」

 おかしな不穏と非現実感が伝播して、ざわついた教室の空気。それを担任は遮ると


「もちろんその前提です。本人も学校に行きたいと希望しているし、先生達も協力したいと思ってる。みんなも力を貸してあげて欲しい。ただ、青山の体調や状況によるかもしれない。まだ確実な事は言えません」

 教室を満遍なく見渡してそう言った。そしてちょうどそこで始業のベルが鳴り、レイくんの話しは終了になってしまった。


 ――――ウソみたい。


 授業が始まっても、私はここ数日の急展開と青天の霹靂を思って、窓際の席から外を見ていた。


 ――――どうしろっての?


 空を流れていく綿みたいな雲を眺め、シャーペンの先でノートの隅を叩きつつ考える。


 でも考えても、何も思い浮かばなかった。そもそもこういう時って、何かするべきなの? 私のポジションは『レイくんの彼女』だけど。その事を知ってるのは、どうやら私一人。しかも告白してきた人が、こっちを忘れてる。こんな時って、どう行動するのが最適解なんだろう?


 そこで一人で半日迷った末、私は数少ない友達の『緑原ニイナ』に相談することにした。


 相談場所は人の少ない所と思って、昼休みの校庭の端っこに決定。誰かに話しを聞かれるのはイヤだったから。ニイナを呼び出し、色あせた水色のベンチでお弁当を開いて。一緒にご飯を食べる傍ら、「実はね」と私はレイくんと付き合い始めた件を打ち明けた。


「うえええええ?! マジなの?! それヤバくない? ヤバいよね! ヤバいじゃん! ほぎゃああああ!」


 ……何その『ヤバい』の三段活用。


 お弁当に入ってたミニトマトを箸でぶっ刺し、叫んだニイナの騒ぎ方は凄かった。食いつきっぷりがハンパない。うるさい。きっとこうなると思ったが。やっぱ人気のない場所を選んで正解だった。相談を持ち掛けた事を一瞬後悔したけれど、他に相談出来そうな相手もいないんだよね。


「告られた次の日に相手が記憶喪失とかうわー、何かうわー!」

 ピンクのリボンを飾った触覚みたいなツーサイドアップの赤茶髪をぶんぶん振って、ニイナはしばらく暴れていた。


 ニイナは中学時代からの友達で、クラスも一緒になったことがある。元気が良くてよく動く。


「イチカと居るから霞むけど、十人並み以上に可愛い自信はあるんだよ!」

 と本人は言っている。その評価は正しいとは私も思う。パッチリした明るい大きな瞳と、健康的なスレンダー体型。快活な雰囲気の反面、肩までの赤茶色の髪を毎日違うリボンやコンチョで飾っていたりと、女の子らしい一面もある。年相応の清潔感あふれる佇まいは、黙っていれば優等生そのもので、大体の人は騙されるだろう。


 何よりの美点は、この子はまず陰口を言わない。何でも馬鹿正直に口に出す。いわゆる女子的な陰湿さとは無縁で、他人と自分を比べて僻んだりもしない。ある程度の信用は出来る。悪い子じゃない。ただ、とにかくうるさいんだよね。そして頭がアホ(アホだから僻まないのかもしれないと、多少疑っていたりする)。


 そのうち一通り騒いで気が済んだのか、アホ娘はベンチに凭れて空を見上げた。


「しっかし青山もチャレンジングなやつだったんだねー! 赤羽根イチカに告白しちゃうとかさぁ。しかもOKされたんだもんね。バレたらどっかで、誰かに殺されるんじゃない?」

 ミニトマトを口へ放り込みつつ、感心した顔で言う。「そーだね」と私も軽く同意した。


「あいつ、イチカのどこが好きだったの? 聞いた?」

「ほょ?」

 横からこっちを覗き込むニイナの質問に、私は鼻から変な音が出た。『どこが好き?』なんて、そんな素朴な質問、あのとき浮かばなかった。


「聞いてない。顔じゃないの?」

 膝の上のお弁当に視線を移し、さやいんげんを口へ運んで私はテキトーな答えを返す。ニイナが大きな目をますます真ん丸にした。


「ぐげっ、自分で『顔』とか言う?!」

「だって今までも何だかんだ言って、みんなソコだし。もしくはボディ?」

 オーバーリアクションなニイナへ、私はあくまで白けて返す。そのままマイボトルのお茶を口に流し込んだ。


 相手の外見をより重視する割合は、女より男の方が多いって聞いたことがある。実際、今まで付き合った男たちも口では「純粋なところがカワイイ」、「優しいところが好きだ」と言ってきた。


 が、私をウットリ『鑑賞』する眼差しや、戦利品を周囲へ見せびらかして快感を得ている様を目の当たりにすれば、彼らにとって、『カノジョ』のどこが最重要かってことくらいわかる。特に前の彼氏は私の外見ばっかり異様に褒めまくる男で、当人は純粋に褒めているつもりのそこが微妙にイラッとしたっけ。とはいえ、これは私が完璧過ぎるから、しょうがないのかもしれないけど。


「でも青山は、少し違う気がするよ」

 おにぎりにパクつくニイナが、セミロングの毛先を揺らして首を傾げた。


「あいつちょっとアホじゃん?」

「ニイナに言われたら終わりだよね!」

 自然な暴言を吐くんじゃない。たしかにレイくんは、多少変わったキャラクターではある。私も彼の変人としてのポテンシャルは、ある程度感じ取っている。それにしても他人の彼氏を正面きってアホ呼ばわりする、緑原ニイナの清々しさはどうなのよ。するとニイナは慌てたみたいに首を振った。


「そうじゃなくてさ、アイツは普通とちょっとズレてる分、イチカの綺麗さ以外のとこにも引っかかったんじゃないかって、そゆこと」

「引っかかったとか言わないでよ」

 どっちにしろあんまり褒めてない。だけどこちらのナーバスなど、ニイナは気にしていなかった。


「それでどうすんの? どうすんの? とりあえずお見舞いとか行っとく?」

 今度は目をキラッキラさせて訊いてくる。腹立つほど無邪気なそれを至近距離で眺めて、私はママお手製の二食そぼろご飯弁当をかき交ぜ、ちょっと溜息をついた。


「どうしようかなって、迷ってるんだよね」

「何で?! 付き合ってんでしょ?」

 体勢同様、被せ気味に尋ねてきたニイナの方をちろっと見て

「だからぁ、付き合うって言ったって、1日しか付き合ってないんだよ? 距離感に困ってるって話しなの」

 ジト目で答えると、友達はツーサイドの触覚を飛び跳ねさせて、「おお」と感心した風な声を漏らした。


 そうなんだ。これがせめて一ヶ月付き合っていたら、気分も違ったと思う。一週間でも良い。告白の当日ってホント困るわ。するとニイナは「ぬー」と口を尖らせてから唐揚げを頬張り、もぐもぐゴックンと飲み込んだ後


「じゃあー……まずは病院行って、本人に会ってきたら? イチカのこと、思い出すかもしれないじゃん? それから決めなよ。今もイチカが彼女なのは事実なんだもん。お見舞いくらい行って当然でしょ」

 超前向き思考で言う。ノーテンキなアドバイスに、私の口からはさっきより大きめの溜息が出た。


「……でも、あんまりこっちも『彼女』の自覚無いんだよね。これ以上関わりたくないような気分もあったりしてさ。このままさりげなくフェードアウトしておいた方が楽かな~とも思うし。ただそれすると、何かすっごい冷たいヒトみたいじゃん?」

「ええ? 好きだったんじゃないの?!」

「全然……付き合い始めたのも、『付き合ってください』って言われたから、いいよって言っただけ」

「ひどっ! 青山かわいそー! 超不幸ー!」


 口では可哀想と言いながらも、ニイナはギャハギャハ笑っている。コイツ全力で他人事だよ……。かと言って深刻に相談聞いて深刻に返事されても困るし、いいか。そんなことを考えて少しぶすくれていると


「それでもいいじゃん、お見舞い行こうよ! 付き合うから!」

 ニイナは引き続き、他人事のノリで明るく言った。明るいんじゃないか。軽いのか。そもそも当事者の私が何も浮かばないのに、あほのニイナがスバラシー名案を出してくれるはずがないよね。ごめんごめん。


 てな流れで。

 私とニイナは放課後、レイくんのお見舞いへ行く事にした。

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