エピソード1
青山礼に関して、私が持っていた情報は少ない。
同じクラスの男子であること。比較的スタイルが良くて顔もまぁまぁだってこと。成績も悪くないらしいってこと。この前教室で漫画を読んでいて、何がそんなに面白かったのか知らないけど
「あっはは、あっはは、うえっへ、あっはは!」
と変な笑い方していてキモかったこと。それが全てと言っていい。
で、まぁその人が昨日、私こと『赤羽根イチカ』に告白してきた。
「あのさ、ちょっとだけ時間いい?」
帰り支度をしていた私の机に、青山くんが近付いてきてそう囁いた。
そして放課後の校舎裏という、現実的には有り得ないと思っていた場所に連れ出された私。もしかしてと思いつつも、いやいや大昔の少女漫画じゃないんだからと否定して、何を言い出すのかと待っていたら
「赤羽根さん……好きです……付き合って下さいっ」
夕焼けより真っ赤な顔で言って、物凄い勢いで頭を下げた。逆説的な意味で、まさかの展開でした。べったべたにベタな告白。
でも実は私、このときそれほど驚きもしなかった。ちょっと驚いたとすれば
――――何このマンガ状態。
という点と
――――私に告白するとか、勇気あるね。
っていうそこだけ。
だって私は自分がとっても可愛くてキレイで美人でモテていて衆目の憧れの的であること、よくわかってるから。
自分で言っちゃうけど、私は可愛い。私は美少女。
毛先をゆるくカールさせた、腰まで届く黒髪。神秘的とすら言われる揺れる眼差し。つけま不要の長い睫毛と、瑞々しいピンクの唇。歯科医も驚嘆の完璧な歯並びに真っ白な歯。肌荒れ知らずの白磁のお肌。細くて長い手足に八頭身(尚、最近急速に育ってEカップですが何か)。そこにいるだけで誰もが見惚れるTHE・完璧美少女! なわけだ。
物心ついた頃から会う人会う人
「綺麗なお嬢さんですね!」
と言われ続けてきた。道を歩いているだけで通りすがりに
「あの人きれいー!」
「今の女の子見た?」
「芸能人? すごい美人!」
ていう声が追いかけてくる。声だけじゃなく、たまに人間本体が追いかけてくるのが厄介だけど。
小学校の発表会でシンデレラの劇をやったときには、継母役だった私に観客の視線が集中して誰がヒロインかわからなくなり、耐え切れなくなったシンデレラが「王子様とお幸せに!」と言い残して舞台から逃亡してしまった。
中学生の頃には「反則レベルで可愛い子がいる」と噂が広まって、他校だけではあきたらず、大手芸能プロダクションや美少女ウォッチャーが学校への潜入合戦を繰り広げるなどしたため、警備員が常駐し周辺を巡回する事になった。
遊びに行ってショップで服を試着していると、周りの女の子たちが黙って服を置き店を出て行ったりする。昔から集合写真で私の隣に立つことは、公開処刑と恐れられてきた。モデルや女優になればいいのにと、老若男女問わずオススメされる。
ついでに言うと、うちはいわゆる資産家。パパは某巨大グループのエライ人で、ママはモデル出身のアパレル経営者。ただ両親の
「子供のうちから、様々な現実を体験しておいてほしい」
「地に足の着いた社会感覚を」
という教育方針により、私はごくごく平凡な小学校と中学校を経て、今も特に名門というわけでもない私立校の普通科に通っている。そんな中流高校の地味な濃紺ブレザーすら、私が着れば海外有名ブランドに見えると言われ、非公認なファンクラブが複数ある。
芸能系の勧誘をされる事も、幼稚園の頃から数えきれないほどある。でも業界の裏も表も知っている親がそういうのに煩い上に私も面倒くさいし、無駄にデカいカメラや、その他デジタル機器を隠し持った不審者に追いかけられた事が何度もあるから、被写体として見られるのも映されるのもキライになった。何より興味も無いので、一度もOKしたことは無い。
まず私が赤の他人に、愛想振り撒かなきゃいけない理由が無い。経済面でも精神面でも、そんなことする必要なんか一切無いんです。勿体ないと言われても、興味無いもんは無い。SNSくらいはちょっとやってるとはいえ、基本的に周囲には教えてない。人気者になるため涙ぐましい努力をしてプライベートを切り売りしている女の子たちの気持ちは、全く理解不能。
まぁこういうカンジだから友達は多くない。取り巻きとかいらない。仲良しごっこのコミュニティもいらない。妙にくっ付いてくる女子はいたけど、私そっち系じゃないんだよね。おまけに高嶺の花過ぎて、その辺の男子はみんなビビって声をかけてこない。最初から
「あの子は無理」
「次元が違う」
と近付いてこない。ちょっとした用事で私が男の子に話しかけると、その男子は「赤羽根イチカと喋った」という理由により、クラス中の男子からボコられる運命になる。
そんな中にあって、空気ぶっちぎって告白してきたのが青山くんだった。
青山くんは外見、能力、資本とどれを取っても『普通』階級に属している。それがどうして百年に一人の美貌の持ち主と騒がれる私と付き合いたいなんて思ってしまったのか、最高に謎。彼はどんなに好意的に見ても、せいぜい中の上くらいなのに。
私の経験から見て、『中の上』は勘違い野郎が湧いてきやすい。でも彼は普段の性格や態度を(殆ど知らないけど)見る限り、自意識過剰だったり、トンチンカンなオレ様タイプではなさそうだった。
つまり青山くんは、自分が振られる可能性について、事前にあまり考えないタイプなんだろう。怖いもの知らずというか、ちょっとズレてる。プライドに縛られない、ユニークな人は時々いる。しかしまさかそういうキャラクターの人が、私にメルヘンな『告白』をしてくるとは思わなかった。
「いつから好きだったの?」
ためしに訊いてみると
「えーっと……去年の5月頃から?」
疑問形で答えがあった。入学して間もない頃ということは、一目惚れってやつか。
「ど、どう? ……やっぱだめ?」
青山くんはそう言って、鈍い臙脂色のネクタイをいじりこっちを見ていた。それでいて私と目が合いそうになると目を逸らす。何なの。罰ゲーム告白じゃないでしょうね? とか思うじゃないの。でも一応これは誠意ある告白と仮定して、私はその場で考え込んだ。
もちろん乗り気ではありませんでしたスミマセン。こっちも彼を好きだったらOKしてあげてもいい。でも正直言って、彼に一切興味が無かったのです。私の青山くんに対するイメージは、クラスが同じで変な笑い方する人っていう程度だった。
――――だけど。
このとき私は、校舎裏での告白という状態に、ある意味ショックを受けていた。そして、だんだん面白くなってきた。ちょうど2週間前に元カレ(某財閥の御曹司)(別れないでくれと泣いて頼まれたが、そこがまたウザかったので切った)ともサヨナラしてフリーの状態。
せっかくフツーの高校に通っているんだし、こんなフツーの彼氏が一人くらい居てもいいんじゃない? 面倒くさくなったら「ゴメーン」で断れば良いし……と打算的に考えて
「んー……いいよ」
そう答えている時、私は無意識に笑っていた。苦笑いに近かったと思う。無論、私の本音なんて知らない青山くんは目を思いっきり丸くして
「え……っ!? う゛、ウッソマジで!? ホントに!? ホントにいいの!? 絶対ダメだと思ってたのに! やった、マジうれしいーッ!!」
空へ向かって叫んでいた。更にその場でぐるぐる回り、こっちが少し申し訳なくなるほど喜んでいた。高速回転するレベルで感激してくれるなんて、何かごめんね……。
それでもこれなら当分の間は私の言う事何でも聞いて、退屈させないでくれそう。悪い選択じゃなかったかもねと考えていると、回転途中で青山君がぴたっと止まった。
「で、でも、何で? もしかして俺たち、最初から両想いだった?」
まだ状況が信じられないのか、彼は勝手な希望的観測を織り交ぜて尋ねてくる。そんなハズないでしょうが? ……と直接は言わなかったものの
「どうかな~?」
私は首を傾げてみせた。こっちの反応を見て目をぱちぱちさせた青山君は、彼なりに何か察したっぽい。氷水ぶっかけられたような顔してた。だけど私が
「なに?」
とにっこり微笑みかけたら、それだけで再び首まで真っ赤になり
「何でもないっす」
ポケットに手を突っ込んで、首を横に振りそう言った。
その後、二人で途中まで一緒に歩いて帰った。まだ有頂天な足取りの彼と、週末にどっか遊びに行こうって話しをした。アカウントとメアドの他に、携帯番号も交換した。通常なら教えないけど、この人はストーカーとかにはなりそうにないと見て、一応教えてあげた。
「じゃあ、また明日」
「うん、レイくんも気を付けて帰ってね」
私が『レイくん』と呼んだら向こうは照れた顔して、へにゃって笑った。
そんなありふれた挨拶をして別れたのが、6時頃だったと思う。後でメッセージ来るかなと予想していたけど来なかった。まずは向こうから連絡してくるのがマナーじゃないのと思いつつ、こういうもんかくらいに考えてた。
そしたらどーりで連絡なんか来ないはずで、青山くんは帰り道で交通事故に遭っていたんですわこれが。それも身体は無事だが『記憶喪失』というオプション付き。
ちょっと待てちょっと待て。私の彼氏になっといて、1日目で記憶無くすたーどういう事だこのやろー。