4.はじめての進数
4.はじめての進数
いやぁ、異世界言語は強敵でしたね。
記憶が戻ってから、ぼぼ一年が経ち、僕は3歳になっていた。今では日常クラスの単語ならば問題がないような程度までに異世界言語……『人族言語』を理解出来るようになっていた。
正直ここまで長かった。異世界言語が、英語と同じくSVO系で、しかも日本語と同じく膠着語に分類さるらしい言語であったのは、僥倖以外の何物でもない。
何が『3.はじめての言語』だよ!蓋を開けてみれば前世と殆ど同じじゃねーか。いやまぁ助かったけどね!VOS系とか抱合語とかこの年(3歳)になって習いたくない。それでも発音とかには苦労した。母音の種類が英語以下で、子音の数が日本語と一緒くらい。面白いのは母音の種類、子音の種類の比率と、単語に出てくる母音子音の数の比率がほぼ逆になっているという事。これはもしかするともしかするかもしれない。閑話休題。
兎に角、それが分かってから習得は早かった。しかし、言葉が分かるようになった僕は、今まで知ることすら出来なかった異世界ギャップにぶちあたる事となった。
今回は言語の話を一旦置いて、僕がブチ当たった異世界ギャップの話。
いやぁ、異世界ヤバイわ。舐めてたね正直。言語は言語で名詞に性別があったりとか色々大変だったんだけど、まぁ何とかなった。言葉だし。それよりもこの一年間で、一番戦慄したのは、『数え方』だった。
『坊っちゃま、コレが①,②,③,④,⑤……(14),(15)です』
ある日数について聞いた僕に、メイドさんは丁寧にも紙とペンを用意し、声に出しながらつらつらと、15個の異なる文字をインク無しで白紙に書き込んでいった。
(実際は1や2、3を除いてアラビア数字に似ても似つかない様な記号が書き込まれているが、今この場では便宜上◯と()で数字を囲む事で対応する記号とする。例:15番目の記号→(15),3番目の記号③)
しかし、妙である。そう、紙には15個の『異なる』字が描かれている。この世界の言語では、1〜15までは特別な記号が存在し、16以降は10進数のルールに従うのだろうか。確かに英単語で11をワンティーン、12をトゥーティーンと呼ばないように、他進数の名残を受けて1〜12までを特別な表記、表現するような事象は珍しくないのだが、これはもしかすると、もしかする。
『……ねぇ、15?(発音があやふや)の、次はどうするの?』
僕の質問にハッとしたように、
『16以降はこのように書きます』
と、彼女は言うが早いか、カリカリとペンを走らせ、『①⓪』と、①を一つ、そして⓪という今までに見た事のない数を横に並べて書いた。『①①』、『①②』がその横に続いてゆく。これが15の次、そしてこれがその次です。と。
『うわぁ……』
結果から言えば、この世界の人間は『16進法』を使用していたのだ。
コレには正直面喰らった。教養科目で初等数学を取っておいて良かったと、心底転生前の自分に感謝したものだ。さもなければ、皆が英語を使っている中で一人だけ日本語を使っているような状況に陥るところである。
さて、16進数の話を聞いて、何だっけそれ、高校でやったっけ?と考えた貴方は普通です。何も恥ずべき事はありません。普通の学校では適当にこなすところですから。ここから先は読み飛ばして構わない話です。
あぁ、Fまであるやつね、と思い出した貴方は優秀。
『あぁ、じゃあ3.243f……』だな、と考えたり、3.243f……の意味が分かった貴方は立派な数学キチガイ。
『なんて優しい世界なんだ』と泣き崩れた貴方は立派なプログラマー。
『いやいや擬似60進数、擬似24進数、12進数、マヤの20進や『正』の1進数の例もあるでしょ!』と考えた貴方は立派な博識です。
さて、僕が戦慄したように、『うわぁ10進数じゃないとか…』と思った人が居るだろうか。居ればその人は立派な『歴史、それも数学史という鬼狭い範囲の専門家キチガイ』であるだろう、と言うのが僕の推察だ。
16進数の何がそんなにヤバイのか。
言ってしまうと、この場合、16進数自体にヤバさは無い。この場合のヤバさとは、即ち『10進数じゃ無い』事のヤバさである。
じゃあなんで10進数じゃ無いとヤバイのか。これは、人類と10進数の繋がりが大いに関係してくる。
さて、そもそもの話に戻れば、前世では何故『普通に』10進数が使われていたのだろうか?
その答えは単純で、ヒトの指の数が左右合わせて10本だったからだ。人類が数を認識、定義した時、『ひとまとまり』が、一番身近な指の数として現れたのだ。
この世界の人間の指の数も、偶然か必然か、10本に変わり無い。環境が違えば進化が異なる。僕を転生させた魔本が異世界と言った時から、指の数の変化は楽しみにしていた要素の一つだったけど、実際は以前と変わらぬ10本だった。これが収斂進化という奴なのだろうか。そもそもこの世界の人間は猿から進化したのか?というか、進化論はこの世界でも正しいのか?……思考の泥沼に足を取られる前に閑話休題。
もちろん、前世にも10進数以外の進数は存在したし、存在している。けれどそのどれもが次第に淘汰され、10進数の補助として使用される事になっている。
人間にとっての使いやすさという絶対的な要因から、自然淘汰、収斂という現象が、数学にも起こりうるなら、10本指の用いる数学は、必然10進数になるはずなのだ。それなのに、何故16進数が一般的なのか。
当時の僕は、相当な恐怖を覚えた。
……前世では、人類が数を定義する独立の知的生命体であったから、僕らは10進数を使用していた。否、使用出来ていた。
たとえば、地球の各地で数学という叡智に目覚めたばかりの、或いは目覚めてすらいない僕達の祖先の前に、圧倒的な科学力、数学体系を持つ『宇宙人』が現れて、
『www10進数とかヤバイですぞwww今すぐ2.4.8か16進数にする以外ありえないwww』
と草まみれと火力でもって16進数あたりを勧めて居れば、歴史は変わっていたかもしれない…やっぱシュメール人って頭おかしいわ。
閑話休題。
似た様な事が、この世界の過去の人類達に起こったのでは無いだろうか。と僕は考えている訳だ。いや論者は出てこねーけどな多分。
つまり、『何らかの16進数を使う生命体』が、新しく生まれた人類という種に16進数を教えた、或いは使用する事を強制しているから、10進数は廃れたのでは無いだろうか。
これは恐怖である。恐怖以外の何物でもない。未開の地に降り立ったかと思っていたら、自分たちの文明を遥かに超える、超古代文明の残滓を見つけた、とかそんなレベルの話だ。
『アイデアロールに成功した貴方は1d100振ろっか?』、こんな感じの恐怖である。何しろ自分達を容易に脅かせる存在が、迂遠に、けれど明確に示唆されているのだから。
無事にダイスに失敗した僕は、数日間不定の狂気に晒された。
勿論、この考察が正しいという保障は一切無い。確かに神や悪魔の概念が、僕の世話係が読んでくれた本の中に登場するのだが、そこはやはりお伽話でしかない。前世にも龍やベヒモスは存在しなかったろうし。
そう考えれば、翻って、進化論すら正しいか分からない。前の世界ですら教授なんかは進化論に懐疑的だったけど。ジカ熱がウィルス進化説を裏付けるとか言って小躍りしてたっけな。
或いは、『空飛ぶスパゲッティモンスター』が、僕が生まれる前に世界を創ったとか、或いは『見えざるピンクのユニコーン』が五分前に世界を創った、とか言われても否定はできないし。転生があった以上、正直何があっても不思議ではない……。
この世界の全体像の把握という観点に於いて、僕は盲であるに違いない。群盲ですら象を評するのは難しい。いわんやベッドの上しか知らない僕が、異世界の全体像を知ろうなどと、盲目一匹の蟻が龍を評するのに似ているとさえ言えるだろう。ベッドの上しか知らないとかちょっとエロいな。
しかしまぁ、僕は蟻でなく人である。虫と人を分けるのは思考の有無だとすれば、少なくとも考えることをやめてはいけない。
まずは子供ながらの猫なで声で、あれれぇ?おっかしいぞ〜コレとメイドさんに質問するのだ。某少年探偵の中の人、ミナミお姉さん、僕に力を貸してくれ!




