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1.はじめての絶望

 1.はじめての絶望


「うわぁ……」


 中世風の部屋の中、仰々しいベッドの上。二歳児らしからぬ苦々しい顔をして、横になっている男の子がそこにいた。というか、僕だった。


 異世界に転生をしてからちょうど二年、二歳の誕生日を迎えて幾日かが経ったある日、僕、ケイオスこと黒江契は、自らの前世の記憶を思い出し、そして自らが置かれた状況をある程度把握して、早くも三つの絶望に直面していた。



 僕が絶望した事の一つは、この病弱な身体だった。


 記憶を思い出した経緯は、とても簡単なものだ。ある日『いつものように』異常な発熱に襲われた僕は、『いつものように』昏睡し、けれど目が醒めると全てを思い出していた。


 衝撃を加えられて不具合(記憶)が治る。我ながら壊れかけのテレビのような加減である。


 ただ、「死ななくて良かった」というのが僕の二歳児並みの単純な感想だ。二歳までの記憶を思い出してみたが、発熱はこれが初めてでは無い。と言うより、それが通常となっていると言っても過言で無い。相当に、この身体は病弱らしい。まさに壊れかけの電子機器。

 叩いて治ればそれで良いが、そのまま壊れる事も往々にして有る。今までも今回も、運が良かっただけではないか。



 ハードモードすぎる……!



 いやいやいや、普通異世界転生って言ったらもう少し、こう……優しさに溢れてて然るべきなんじゃ無いのか……!?チート貰ったり、それ使って最強に成ったり、現代知識で悪役令嬢になったり。

 ……記憶を取り戻す前に、病死するパターンなんて聞いた事無い。痛くなければ覚えないってレベルじゃねぇぞコレ!痛みを覚える間も無く死ぬところだぞ畜生!


 体力的には今回『も』相当キツかった。恐らくギリギリだった筈だ。何日眠っていたかはわからないが、目覚めて数時間、全くと言っていいほどに身じろぎさえできなかった。それ程に体力を消耗していたのだ。よくもまぁ幼児の身体で持ったものだと思う。


 これからも、恐らくこの身体は僕自身に無理を強いるだろう。それでいて、僕はこの体に無理を強いれぬ。少しでも身体に負担をかけて、それでいて運が無ければ、成人前の病死バットエンドが容赦無く待っている。



「###ケイオス〜########」


「うわぁ……」


 僕が絶望した二つ目の出来事。それは、言語であった。全くもって、言葉が分からない。


 ベッドの横に控えていたメイドらしき服装の人が、うわぁ、と呟いた僕に、歌うような言語……おそらく言語だろう何かで、何かを話しかける。両親らしき人々は、滅多に会う事は無い。基本的には彼女(メイドA)ともう一人のメイド(メイドB)が僕の全ての世話をやいてくれている。一時期は彼女達のいずれかが僕の母親かとも思ったが、幾つかの理由からそうでは無いだろうという推測が立っている。


 ちなみにケイオス、というのが、おそらく僕の名前だ。多分。この数日、身体が動かないながらも、必死に言葉を読みとった僕は、なんとかその中から、自分を表すらしい単語を探し出すことに成功していた。けれど逆に、それ以外のほとんどの単語と、一切の文法を理解出来ずにいた。


 二年も過ごしたなら何とかなるだろう。と諸兄は思うかもしれないが、病弱かつ脆弱などうしようもないこの身体は、僕の記憶のほとんどを曖昧模糊に沈めていた。恐らくほとんど毎日死線を彷徨い、時折見舞いにくる両親や、メイドから掛けられる言葉を記憶にとどめる余裕すら無かったのだろう。



 だからハードモードすぎるだろ……!


 いや、もっとこう……手心というか、ね……以下略。つーか誰だよ転生しても、言語くらい何とかなるとかいったやつ。翻訳チートなり女神の加護なりで分かるようになるって言ったやつ。怒らないから出てきなさいよ。翻訳(チート)は無いし、女神に関しては会った記憶のカケラすらない。昨今のラノベはどれだけ異世界でも日本語がデフォだろいい加減にしろ!


 そもそもこちとら完璧に第一言語が日本語なんだよ!受験英語、大学のドイツ語だって苦労したのに、辞書も教材も無しに話し言葉から未知言語解読とか難易度高すぎる!赤ん坊が喋れるように成るのはそういうプログラム的なものが彼ら彼女らの中に有って、何とかなるってだけだし、それももう自我に完璧に目覚めてしまった僕には難しい。


 病弱かつ言語不能。これだけでもう、だいぶ詰んでいる。不幸中の幸いといえば、僕の家が、わりと高貴な家系らしいこと。赤ん坊に一部屋を与えるあたりとか、その中をいかにも高級な家具で統一している所とか、メイドらしき人が複数人僕に付いているあたりとか。これがスラムの住人ならばこうはなるまい。このモノローグすら成り立たなかった事一片の疑いようもない。


 けれど今の僕にとっては高貴なる出自も懸念材料だ。そもそもやんごとなき方々が奥方を複数持つのは、その性癖によるものもそうだが、第一義は確実に血を次代へと繋ぐためだ。逆に言えば、一人や二人を表に出さず一生飼い殺しに出来る能力と権力が、彼らには有る。



 そして、まだ絶望は終わらない。


 僕の視界の右上には、半透明のタイマーのような物が存在する。


『45:06:14:20:39:14』


 この世界の暦がどう定義されるかは分からないが、少なくとも一番右は秒単位に近いものになっているようだ。それが、文字どおり刻一刻と、その数字を減らしている。


 こいつが何を表しているか。


 このカウントダウンは、一秒ずつ、しかし確実に、『世界の滅亡までの残り時間を刻んでいる』。


「うわぁ……」


 メイドらしき人を尻目に、僕はもう一度溜息をつく。僕の最後にして最大の絶望は、この世界が『数十年内に滅んでしまう事』を知っている、と云う事だった。隠すことでもないから言ってしまえば、この世界は数十年のうちに滅ぶ。彼女も僕も、人という種族は例外なく、このファンタジーな世界から消えてしまうのだ。


 そして僕は、そんな瀕死に陥った世界を、言葉も身体も不自由なままに、『救わなければならない』。


 だからハードモード過ぎるだろ……!

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