6話
少年が案内してくれた喫茶店は、二人掛けのテーブルが二つしかない、探せば天井に蜘蛛の巣が見つかりそうなくらい埃っぽくて人っ気のしないガランとした店だった。
少年が店のドアを開けてくれる。ドアの縁に括り付けられている鈴が、その大きさに合わない大きな音を鳴らす。
「どうぞ適当に座ってください。飲み物は何にしましょうか。紅茶?それともコーヒー?」
俺は店の中を見回した。カウンターには誰もいない。誰かが出てくる様子もない。そういえばここの店、そもそもいつも閉まっていたような気がする。少なくとも俺の記憶では閉まっていた。いや。今でも外から見て、閉まっているように感じる人は一定数と考えられる。
「なあ。ここって今営業してるのか。誰もいない気がするのは気のせいか」
俺は入口で突っ立ったまま、少年に尋ねる。少年は驚いてあたりを見回す。そして一呼吸してから言った。
「大丈夫だと思いますよ。いつも使っていますが、いままで誰にも声を掛けられませんでしたし。だから安心して使ってください」
少年はにっこりほほ笑んだ。
いや、なんで微笑んでいるのだ。安心して使ってくださいじゃないだろ。ここ絶対に閉鎖中の店だよ。誰かに見つかる前に今すぐここから出るべきだ。
「これまずいよ。今すぐ出よう」
俺は少年に声を掛ける。しかし少年は既に、棚に置いてあるカップに、どこから持ってきたのか分からない熱湯で使って作った紅茶をいれ、テーブルの上に置いていた。
「僕は店の人を呼んできますから、紅茶でも飲んで少し待っていてください。ちなみにそのカップに注いであるコーラは、すでに僕が口をつけてありますから」
テーブルの上には、そこの平らな白いコーヒーカップに入った紅茶と、金縁花柄の小さなティーカップに入ったコーラが置いてある。
「ちょっと待って」
私は急いで少年に声を掛けようとした。しかし部屋にはすでに少年の姿はなく、誰かが階段を駆け上がる音が部屋中に響いていた。
猛夫は喫茶店の二階に上がって一旦息を整える事にした。あの少女、今度はどうしたのだ。別に怪我をさせたわけでもないのに、なぜ朝から俺に付きまとうのか。金か。金なのか。俺に対して何らかの要求があることは、一緒に歩いているだけでよく伝わった。
しかし、よく考えてみると、悪いのはひいき目に見ても、いや最初っからあの少女が悪いのではないか。勝手に教会に入り込み、そして勝手にあの機械の中で寝ていたのだ。
俺たちは被害者だ。加害者はあの少女だ。
俺は自分のカバンから携帯電話を取り出し、とりあえず秀人に連絡する。
「もしもし。どうかした」
「ああ、ごめん。今大丈夫か。実は今日教会に現れた女の子がな、俺の下校を待ち伏せしていたらしくて、今その子に連行されて学校の近くの喫茶店に連行されてるんだ。ちょっと来てくれないか。お願いだ。お前だって面倒は起こしたくないだろう。」
俺は秀人が電話に出た途端、まくしたてるようにしてお願いする。秀人がため息をついた。
「確か今日の朝も会ったんだって。今日はお前もついてないな。俺は別に一切面倒なことに巻き込まれていないから関係ないが」
「いや、あの少女が俺に纏わりついている時点でお前も面倒事に巻き込まれいるから。しかも俺の住所まで割れてるし。助けてくれ。そして出来ればお前が全部処理してくれ」
「まあ落ち着けよ。あの子はお前になんて言ったんだ。だいたい男が女の子一人に連行なんかされて恥ずかしくないのか。いやお前なら十分あり得るか。それよりもまず話を聞かなければ何もできないよ」
「ええ、俺ならありうるのか。それよりもえーと、あれあいつなんて言ってたっけ。そもそも何か言ってたっけ」
俺は紅茶ひたすら紅茶と睨めっこしている。この紅茶は飲んでも大丈夫なものだろうか。お湯がどこから持ってきたのか分からない以上、何とも言いかねる。コップを揺らしてみる。波が立つだけだ。焦げのようなものも浮いてくる。いや、それはただの陰か。もしかして埃? 詳しく調べないことには、これまた何とも言いかねる。
少年がどこかへ消えてから、かれこれ三十分ほどたったと思う。この喫茶店には動いていない時計がいくつかおいてある以外、時の流れを計るものは置いていない。窓の外を眺めても、それらしきものは視界に入らない。店の人を呼びに行ったにしては、少年の戻りは遅くないか。少なくとも物音ぐらい聞こえていいはずである。少年が消えてしばらくはばたばた騒がしく走り回ってたから、外にでも行ったのかもしれない。
ええ、ちょっと待って。外? あまり考えたくはないが、もしかして逃げたりしてないだろうな。家は既ばれてるのだから逃げても無駄だと思うが、しかし逃げていたら俺は夜までしかない貴重な数時間を無駄に費やしたことになる。
でも多分大丈夫だろう。あの少年は俺だ。性格は少し俺よりも軽い気がするが、スペックはそこまで違うとは思えない。そして学校まで追いかけてくる奴をだまして逃げるほど馬鹿ではあるまい。
その時、勢いよく店のドアが開き、けたたましくドアの鈴が鳴ったかと思うと、喫茶店の真ん中にカバンを片手に持ちながら大きく伸びをしている少女が立っていた。