5話
猛夫は登校中、ずっと不安に駆られていた。召喚の儀式が成功した? それはそれで少しは嬉しが、しかし今は少しも喜ぶ気持ちになれない。はっきり言って召喚なんて空想だ。空想だからこそ試してみたくなったのだ。
ちなみに召喚の儀式への興味自体は、教会で発見された変わった本を読んだ一日で今日を失った。しかし儀式の準備を進めたのは、学校の友達に儀式の話をしてしまった手前、途中でやめることができなくなってしまったのだ。もちろん召喚なんて現象が起こるわけがない。だからその後秀人と必死で計画を練った。
召喚の儀式に必要な機械から、煙を噴出させ、その間に機械の中から人が出てこれば、召喚と言い張ることができなくもない。いやほぼできなくても、派手なパフォーマンスでバカにされるのを避けることはできるはずだ。はっきり言えることは、召喚なんて誰も信じていなかった。現在での誰も信じていない。
それだからこそ、連日泊まり込みで儀式に必要な道具を作り、その中に射出機やモータ、を設置し、かっこよく見せるための芝居の練習をしてきたのだ。
あそこを場所に選んだのだって、物語の舞台になったことと、現在はほとんど使われていなかったからだ。物語が空想なのは作者すでにそういってるし、教会が建って四十年、そんなことがあったなんて話は聞いたことがない。
それなのに、なぜこんなことが。偶然か。偶然か。いや偶然だ。大体召喚されたとされる証拠だって、儀式中に機械から少女が出てきたことと、少女が僕の唱えた呪文通り僕と似た子が出てきたことくらいだ。
それにその呪文だってその場で俺が考えついたでたらめな言葉の羅列。そんな適当な呪文で召喚できるのなら、今頃世界中の赤ん坊が何万にも召喚に成功しているはずだ。
そうだ。きっとそうだ。俺はもう高校生だぞ。赤ん坊じゃない。こんなばかげたことで悩むなんてどうにかしている。もうあいつのことは忘れよう。
いやでもあの子可愛かったよな。ううん。・・・。
俺は猛夫姿の少年が去った後、もう一度教会に行った。そして教会の前をうろつくこと1時間、牧師先生に見つかり中に入ったが、あの少年の仲間は誰もいなかった。当たり前か。今日は平日、しかも今は午前中だ。もちろん家にいる人も一程度はいる可能性があるが、大半の中高生は在宅していないと考えられる。
俺は腹を空かせながら、猛夫姿の少年を捕まえるべく、校門の前で待伏せることにした。
「中川猛夫さん」
俺は猛夫姿の少年を見つけて声を掛けた。少年の周りには俺の友達も何人かいる。誰も俺が誰であるか気が付く人を俺は確認できなかった。当然かもしれない。朝から何時間も街の中を歩いて、俺が誰だか気が付いたという例は一つもない。
少年は俺に気が付いて、顔が少し青くなっている。少年の一緒に下校しようとしていた俺の学友たちは、俺を見て少年を冷かし始めた。
「おいおい。あいつ誰だよ。お前の彼女?」
「へえ、中川にねえ。意外とかわいい子じゃん」
「待たせちゃ悪いぜ。早くいってやれよ。俺たち最後まで見物してるから」
彼女? 女として見られるのも恥ずかしいが、この馬鹿の恋人扱いされるのは恥ずかしいよりも腹が立つ。しかし話は少年だけとしたい。
完全に調べた訳ではないので、はっきりとは言えないが、彼女を装えばうまく二人きりになれる可能性も存在する。俺は恥ずかしさでのどが詰まりそうになる中、思い切ってもう一度声を掛けた。
「中川君。突然来てしまってごめんなさい。実は二人だけでの所で話したいことがあるんだ、今時間ある?」
俺は恥ずかしさのあまり少年の顔を見ることもできなかった。手を後ろに組み、俯いたまま目を閉じてひたすら少年からの返事を待っているが、しかし下校中の生徒と思われる者の大半の視線が、こちらに向いているのがわかる。
誰かが後ろに組んでいる俺の手を解き、そして引っ張った。
「じ、時間なら空いていますよ。はい。えー、あっ、もしよければ、僕が近くのおいしい喫茶店を紹介しますが、どうします。もちろんお茶菓子は僕が奢ります」
少年は随分緊張しているらしく、言葉はいくらかなめらかでも、手はがちがちになりながら、必死でリードしている。しかし少年がこんなに空気を読めるのは意外だった。これにより一定数の人々は、俺たちを立派なカップルに見ると思われる。
校門からしばらく離れると、少年は周りを確認してから、手をつないだまま話しかけてきた。
「今日のことは本当に申し訳ありません。それで、今度はどうなさいましたか」
朝と比べて随分おろおろしている。朝も謝り倒していたが、それなりに迫力があった。何があったのかは、少年に詳しく話を聞かないと、正確には分かららない。
俺はここまでの道中、とにかく人に顔を見られないように、ずっと俯いて歩いていた。
「いくら恥ずかしくても、目くらいは開けて歩いた方がいいですよ。怪我してからでは遅いですし」
目も閉じていた。しかし恥ずかしいからなどとお前に話した覚えはないぞ。
「もうすぐ見えますよ。ほら、あそこの喫茶店です。」
こうして俺は、少年に手を引かれて喫茶店に入っていた。