3話
「あれ、なんだったんだろう」
秀人は無線式スイッチを両手で弄びながら言う。
「きっと何かあったのだ。しかし俺たちには関係ないと思うがな」
猛夫が答える。そして杖を高く上げて叫んだ。
「よし。召喚の儀式の再開だ」
「ねえ。再開するのは構わないけど、さっきから大きな音を立てているそのガラクタ、どうにかならないかな。今すぐにも事故が起こりそうな感じがするのだけど」
布の束の上に寝っ転がりながら、あきれた声で言う。秀人は音の発信源に近づいて、機械の中身をあさる。
「これ、壊れんじゃん。もう一度作り直したほうがいいかも」
「ええー。そんなあ」
猛夫は今にも泣きだしそうな顔をして、叫んだ。
「あれを作るのに何日かかったかお前知っているよな」
「一緒に作ったから当然知ってるけど。でも仕方ないよ。それよりあいつ、お前にそっくりだったけど、本当に知らないの」
「知らないな」
「お前が変な呪文なんて唱えたからじゃないの」
「いや、それはない。おれはただ俺によく似た、おとなしくて賢くて素直でかわいらしい女の子を召喚するよう唱えただけだがな」
「あっそう。ちなみにお前は自分のこと、おとなしくて賢くて素直でかわいらしいと思っていたのか」
「かわいいとは思っていない。当たり前だ」
「あれれ、かわいい以外は否定しないのかな」
和美は指についた埃の塊を飛ばしながら言った。
俺は曲がりくねった廊下、階段を走り抜け、やっと玄関に到着する。幸いなぜか俺の物と考えられる靴おいてあったので、それを履いて外へ出る。
ぶかぶかだ。靴紐きつめに締め直す。さっきよりは履き心地はいいが、それでも歩きにくい。周りの景色を見る。これ、俺が住んでいる街ではないか。少なくともその可能性が高い。というかさっきの部屋、この教会の一室だったのか。
俺は自宅の近くのコンビニに入り、洗面台の鏡で自分の顔と姿を見る。外見を見た人の大半は、女の子と思うと考るだろう。背の高さは個人的には150cm程度と思われる。ポニーテールを肩下まで垂らしている。服装は普通の私服。肩から手持ちカバンサイズのバッグを提げている。ちなみにバッグの中身を確認したところ、空だった。自分の姿、意外とかわいいと感じた。また本来の俺の顔の面影がある。少しの時間、今後の対応について検討した結果、俺は一時女の子として振る舞うことにした。
俺は20分ほど歩いて、自分の家に前まで来た。自宅には、外から見た限りでは異常は確認できなかった。表札もしっかり確認する。俺は一瞬迷いはしたが、一度家の中に入ってみることにした。
「御免ください」
自宅に入るにもかかわらず、俺はそういってしまった。俺の家族は、俺が女の姿になっていることを知らない可能性が高いと判断したからだ。もし知っていれば、その時は冗談と誤魔化せばいい。今日の俺は優秀である可能性がある。
「あっ、はーい。少々お待ちください」
母さんが慌てて玄関へ出てきた。
「どちら様でしょうか。もしかして猛夫のお友達」
いや、俺が猛夫なんだけど。やはり俺の家族は知らなかったみたいだな。仕方ない。どうにかして説明しないとな。
「御免ね。最近猛夫は外泊が多くてね。今日も友達の家に遊びに行っているの」
えっ、そうなの。それが多いか少ないかはわからないが、それでも多いなんて言うほど外泊していないぞ。もしかして俺がしばらく家に帰ってこなくて、それをそう誤魔化しているのか。
「そうなんですか」
俺は自分が無難と考える返答をする。
「ちなみになんですけれども、今日が何年何月何日かわかりますか。」
もしおれがしばらく家に帰っていなかった場合、俺はどのくらいの期間いなくなってたんだろう。もしかして捜索依頼を出すレベル?
「今日? 5月20日だけれど。約束でもしていたの」
いや、俺の把握している日付と同じだ。
「いえ、そういう訳では。もう一つ、今年は何年ですか」
「ええ、何年?そうねえ。20××年よ。それがどうかしました」
母さんが不思議そうに俺を見る。やはり俺の把握している日付は間違っていないと思われる。しかしどうやって母さんに説明しよう。俺が今の姿で猛夫と言って信じてもらえるだろうか。俺と母さんしか知らない話をすれば、信じてもらえそうな気がしないでもない。
「母さん。実は」
俺は思いきって話し始めた。しかしそれは、その時家にやってきた人物の大声でかき消された。
「母さーん。弁当忘れた。もってきてもらってもいい」
「猛夫。また秀人の家に行ってたの。あんまり泊まり過ぎると迷惑になるわよ」
猛夫?しかもさっきの杖を持ちマスクを被って変な格好をしていた少年の声だ。俺は振り返って声のする方を見た。
すると、なんとそこには俺が立っていた。なんで。