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アルタジア  作者: 桜花シキ
第11章 最終決戦
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戦いの先に待つもの④

 ザイクは、シルゼンとドガーが対峙している様を、作戦室のモニターで見ていた。

 アストル救出の際に暴れ出したドガーは、ゼロによって訓練室に閉じ込められていた。それを今解放したのは、こうなることを望んでいたからだ。ザイクは、自分を裏切ったシルゼンを許していない。そんな彼に与える最大の罰を、ずっと考えていた。その結論が、これだったのだ。


「弟を殺して永遠の罪悪を負うか、それとも弟に殺されて、弟にも家族を殺した罪を負わせるか……どちらにせよ、お前にとって最大の罰になるだろう」


 ザイクは笑みをこぼす。

 そして、ザイクは別の映像に視線を移した。そこには、階段を駆け上がってくるアストルたちの姿が映っている。


「さて、ここまでやってくるとは、あいつらを少し甘く見ていたかな。まぁいい、後はその時が来るまでの時間稼ぎができればな。我々も行くぞ、ゼロ」


「はい」


 ザイクは椅子から立ち上がり、ゼロと共に部屋を後にした。


****


「ドガー、話を聞いてくれないか」


 シルゼンは、ドガーをこれ以上刺激しないように、なるべく穏やかにそう言った。


「……す……ろす、敵は殺すっ!兄ちゃんも、俺の敵だぁぁ!」


 しかし、ドガーの耳にその言葉は届いていないようだ。呪われたように同じ言葉を繰り返しながら、シルゼンへ向かってくる。


「やはり、こうなるか……」


 仕方なく、シルゼンは大剣を構える。できることなら、戦わずに弟を説得しようと考えていた。しかし、それができる可能性が極めて低いだろうということも承知していた。

 ドガーの拳を、大剣を盾にして防ぐ。ビリビリと、剣を握る両手に衝撃が走る。想像していたよりも強い力に、シルゼンは歯を食いしばった。1撃目が終わっても、息つく暇もなく連撃が繰り出される。このままでは防戦一方になることは目に見えているが、どうしてもシルゼンは弟に剣を振るうことができなかった。ひたすら、ドガーの攻撃を受け止め、受け流し、かわしてやり過ごす。


 戦いながら、弟と過ごした昔の記憶が脳裏に浮かぶ。

 好き嫌いが激しくて怒られ、すぐ感情のままに手を出しては怒られ、ほとんど毎日のように怒られてばかりだった弟。そして誰よりも優しく、泣き虫だった弟。その頃の弟の姿を、今の弟から見出すことは難しい。

 背は、決して小さくはないシルゼンの背をも追い抜いていた。力も、あの頃に増して強くなっている。しかし、どんなに変わってしまったように見えても、心はそうそう変わるものではない。幼い日の心は、何かに蓋をされているだけで、絶対どこかに眠っている。

 どうすれば、あの頃の弟を取り戻すことができるのだろう。どうして、弟はこうなってしまったのだろう。その原因は、やはり自分にあるのだと、シルゼンは唇を噛んだ。ドガーは、シルゼンを憎んでいる。兄も、自分を捨てたのだと思っているから。かつて、一族がそうしたように。実際には、シルゼンはまだドガーのことを想っている。

 ただ、どうしてもそれが伝わらなかった。自分がしてきたことを思えば当然かと、ドガーの攻撃をかわしながらシルゼンは顔をしかめる。


 どうすれば弟を鎮めることができるのか。その本当の心を、取り戻すことができるのか。

 この怒りの原因は、自分に対する深い憎しみからきている。ならば、それが取り除かれない限り、怒りも収まらないだろう。


「ぐああああっ!」


 また、ドガーがその瞳に深い憎しみと悲しみを湛えながら、シルゼンに向かって拳を振るう。その姿に兄が感じるのは恐怖ではない。彼もまた、悲しみに満ちた瞳にドガーの姿を映していた。

 弟と決着をつける。弟をサイモアから、この憎しみに囚われた生活から解放する。ここに来る前から、もう決めていたことだ。もう、この声が届かないのなら、こうするしかないのだろう。シルゼンは、覚悟を決めたように瞳を閉じた。


 もう、終わりにしよう。

 

 あれほど叫んでいたドガーの声が、ぴたりと止んだ。1階フロアに静寂が漂う。何が起こったのか、すぐには理解できなかった。しかし、徐々に思考が戻ってきたのか目を見開いて、目の前に立つ兄の姿を見る。


「にい、ちゃん……?」


 しかし、目の前で起こったことに驚き、それだけ言うので精一杯だった。

 シルゼンは、ドガーの攻撃を防ぐことも、かわすこともしなかった。少しの間は何とか耐えて立ち続けていたシルゼンだったが、やがてぐらりとその身体が揺れる。

 とっさに、ドガーはその身体を受け止めた。苦しそうに息をしながらも、シルゼンは言葉を絞り出す。

 

「これで……お前が憎む人間は、もういないだろう?だから……もう……」


 力の抜けたシルゼンはドガーの腕から離れ、床に崩れ落ちた。

 ドガーは、そこでようやく自分のしてしまったことを理解した。床に倒れる兄の傍にしゃがみ込み、必死で呼びかける。


「兄ちゃん!兄ちゃんっ!」


「今更、正気にでも戻ったのかしら?」


 その時、誰もいなかった1階フロアに若い女性の声が響いた。ドガーの後ろから歩いてきた彼女はふう、とため息をひとつつき、ようやく我に返ったドガーを見る。


「ぐっ……イニス、お前……」


 床に倒れていたシルゼンは、腹部を押さえながらうずくまってはいるものの、まだ意識があった。シルゼンはイニスを見上げる。彼女の顔は、明らかに呆れていた。

 イニスは、シルゼンが殴られる寸前にシルゼンに向かって防御壁バリアウォールを張っていた。それほどの強度はなかったものの、そのおかげで内臓破裂で致命傷を負うようなことは免れたようだ。


「兄弟喧嘩も、大概にしてください。どちらかが死ぬまでやる気だったのですか?」


「それは……」


「失礼を承知で言います。大馬鹿者ですよ、隊長」


 ぴしゃり、とイニスは言い放った。シルゼンはそんなイニスの顔を見つめ、次に続く言葉を待つ。


「……私もそうですが、隊長のように、司令官のやり方に疑問を抱き始めた者たちがいます。この先、世界がどうなっていくのかは分かりません。しかし、もしサイモアのやり方から外れるのだとしたら、今までそれを信じてきた我々は、一からやり直さなくてはならないでしょう。そのために、隊長の力も貸してください。それをせずして死ぬのは、あまりにも無責任だと思いませんか?」


 無責任、その言葉がシルゼンの胸に突き刺さる。


「兄ちゃん……ごめん、ごめんなさい……」


 見上げれば、ドガーが泣いていた。ようやくドガーが心を取り戻したことには安堵したシルゼンだったが、こんな風に泣いてほしかったわけではない。

 痛む身体を無理矢理起こして、シルゼンは床に座った。それを隣で支えてくれるドガーに、シルゼンは語り掛ける。先ほどは聞いてもらえなかったが、今度こそ。


「……謝るな。こんな風に終わらせようとした、俺が馬鹿だったんだ。なぁ、ドガー……俺たちは、理由はどうあれ、間違ってたんだ。イニスの言う通り、一からやり直そう。世界の在り方も、俺たち兄弟の生き方も……今度こそ、一緒に来てくれないか?」


「……うん、俺も行く。行くよ、兄ちゃんと一緒に」


 溢れる涙を拭いながら、ドガーは微笑んだ。


****


 一方、アストルたちは、ザイクがいるであろう上の階を目指して階段を駆け上がっていた。


「あちゃ~、1階はあんなに静かだったのにねぇ……」


 階段を上り終わったところで、イアンが鬱陶しそうな声を出す。そこには、アストルたちを待ち構えていたようにサイモア兵たちが待機していた。

 彼の言う通り、上の階に行くにつれサイモア兵の数がどんどん増えてきた。おそらく“例の部屋”が近いからだろう。あと1つ階を上がればいいというところで、サイモア兵が大量投下されている。ここまでは何とか倒しながら進んできたが、この数を相手にしていたらザイクのところに辿り着く前に力を使い果たしてしまう。


「上等だ、来やがれ!」


 後先考えないディランは、一番最初にその中に突っ込んでいってしまった。


「兄上、挑発しないでください!」


「言っても無駄だな。ブレイン、ディランをサポートしてやれ」


 ブレインの言葉が届いているはずもなく、ディランは勝手に戦い始めている。ガヴァンは険しい顔をしながら、ブレインの方を見た。


「そのつもりですよ……まったく。兄上、ちょっと待ってください!」


 額に手を当ててため息をつくと、ブレインは先走るディランの後を追った。


「ここは俺たちが食い止めておく。行け、アストル」


「グレン!」


 アストルは、驚いてグレンの顔を見た。これだけのサイモア兵を相手に、無事で済む保証はない。だが、グレンの表情は真剣だった。


「時間稼ぎはしといてやる。このまま行けば、おそらく“あいつ”も邪魔してくるだろう。倒せる可能性の一番高いお前が何とかしろ。言っておくが、お前を助けるためじゃない。世界がかかってるからだ」


「グレン……」


「それと、もうひとつ。……ザイクは、俺と似てる」


「は?」


 アストルはグレンの言葉に首を傾げる。しかし、グレンはそれには応じず、アストルたちの前に立った。


「それだけだ。さっさと行け!」


「あ、ああ!」


 グレンの声に背中を押され、アストル、クローリア、ニト、リエルナの4人は上の階へと歩を進める。

 

 残された兄弟たちは、4人の後を追おうとするサイモア兵たちを、ここで足止めしなくてはならない。4人が行ったのを確認して、イアンは2本のレイピアを抜いた。


「さ~て、兄弟5人揃って戦うなんて初めてかな、もしかして?」


「そうだな。前回は、4人だった」


「すみません……」


 ガヴァンの言葉に、グレンはうつむく。確かに、レティシアがドクドリスに襲われた時、グレンはいなかった。ドクドリスの話は後から聞いて知ったが、グレンはとても後悔していた。

 

「軽率な行動だったという自覚はあるだろうし、反省もしているだろう。理解している者に、これ以上何か言うつもりはない。だから、今は前を向け」


 うつむく弟の肩をガヴァンは軽く叩き、自分はレイピアを抜いてサイモア兵たちの中へ入っていく。


「っ……はい!」


 ガヴァンの言葉に、グレンは顔をあげた。


「グレン、来るよ~!」


 顔をあげた先には、レイピアを構えたイアンの背中があった。


「分かっています」


 グレンも2本のレイピアを抜く。そして、自分と同じ構えの兄の背中を守るように立ち、迫りくるサイモア兵を迎え撃った。


****


 残りの階段を駆け上がり、アストルは以前自分が力を奪われた、あの部屋へと向かっていた。サイモアから送られてきた映像に映っていたのも、おそらくその部屋だ。そこまで行けば、ザイクもいるだろう。そして、何としてでもその計画を実行に移させてはいけない。


「この先だ!」


 アストルは記憶を辿りながら、通路を突き進む。

 しかし、通路の角を曲がったところで、できるなら会いたくないと思っていた人物が姿を現した。


「ここから先へは、行かせません」


 彼の後ろにある部屋を守るように、ゼロはそこに立っていた。その後ろにある部屋こそ、アストルたちが目指していた場所だ。やはり、どうあっても彼との戦いは避けられない。


「お前を倒してでも、俺たちは行かなきゃならない」


 アストルは、ゼロの前に立って引く気はないことを伝える。

 

「それは無理です。あなた方は、俺がここで仕留めますから」


 無表情で、ただ淡々とゼロはそう述べて、アストルたちの行く手を阻む。驚くほどその立ち姿は“静か”なのに、それがなぜか言いようのない恐怖を感じさせた。

 彼には注意しろと、彼を知っている人なら口を揃えてそう言う。その力は、サイモアの中で一番ではないかとも噂されている。それほどの力を持ってして、なぜ彼はここにいるのか。

 ゼロは、常にザイクの傍にいて、何があっても彼の命令には絶対に従う。どうしてそこまで彼に忠誠を誓っているのか。このゼロという男にとって、ザイクとは一体どんな存在なのか。


 ゼロが短剣を構える。それを合図に、アストルたちも戦闘態勢に入った。


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