戦いの先に待つもの③
リベランティスたちはドクドリスを、ルアンたちはラディンバルを相手に立ちふさがる。
背後でいきなり発された雄たけびに一瞬振り返るも、リベランティスたちはすぐに自分たちを襲ってくるドクドリスを倒すことに集中し直した。
相性はいいといえど、油断すればその餌食となる。猛毒を有しているため、少しでも噛まれたりすれば終わりだ。素早い動きのできないルルは魔導式を駆使し、少し離れた位置から強力な魔法を放つ。カルラとグレイは、ルルが魔法を形成する邪魔にならないように、ルルを襲うドクドリスたちを炎を纏わせた爪で切り裂いていった。
リベランティスは、ドクドリスの群れの中へ突っ込んでいく。地面を蹴り、高く跳び上がった。空中で回転し、頭から落下を開始する。落下の際、爪に炎を纏わせドクドリスに叩き込んだ。そこを中心に円形に炎が広がり、その周りを飛んでいたドクドリスたちを巻き込む。火炎はドクドリスの身体を飲み込み、その羽を散らした。
どんどん倒してはいくものの、まだかなりの数が残っている。
「こいつら、群れると面倒臭いな~」
着地したリベランティスは、急降下して襲ってくるドクドリスのくちばしをバックステップで回避しながら、爪に炎を纏わせる。
「でも、何か嬉しいな、こういうの」
「グレイ……お前、頭おかしくなった?こんなの相手にして、何が嬉しいんだよ」
先ほど自分を襲ってきたドクドリスに攻撃をお見舞いしてから、リベランティスが憐れむような表情でグレイを見る。それに対して、グレイは口を尖らせた。
「そっちは別に嬉しくないけど、こうしてリーベと一緒に戦えるからさ。マクエラ防衛の時以来じゃない?」
そう言われて、リベランティスは頭をかく。そんなリベランティスの傍に、今もまたドクドリスを倒したカルラが寄ってきた。
「どうだ、リーベ!カルラ、リーベよりたくさん倒した。カルラの勝ちだ!」
興奮気味にカルラは宣言し、またドクドリスに向かって走っていく。
「勝負じゃねぇって。てか、オレの方が倒してるだろ!」
「リベランティス様も、何ムキになってるルルか……」
勝負ではないと言いつつも、反論しながらリベランティスはカルラの後を追う。その姿を後ろで眺めながら、ルルは淡々と魔法を形成していた。
リベランティスたちがドクドリスと奮闘している頃、ルアンはラディンバルの群れと向き合っていた。
「ジェイド様、さがっていて下さい。ここは、僕がやります」
ルアンはジェイドにそう伝え、前に進み出る。
「大丈夫なのか?」
ジェイドの問いかけに、ルアンは少し振り返り微笑んだ。
「はい。……もし完全獣化することになっても、ジェイド様なら止めてくれそうな気がしますから」
「ああ、それは任せておけ。頼んだぞ、ルアン」
ジェイドも、ルアンの言葉に微笑み返す。それは、ルアンに大きな安心感を与えた。ルアンは思う。この人は、本当に強い人だと。まともに力を比べたなら、完全獣化したルアンの方が上回るだろう。しかし、そういうことではないのだ。
そこにいるだけで、大丈夫だと感じさせてくれる。彼女も、王になったばかりの頃はだいぶ非難されただろう。しかし、今となっては彼女のいないグランバレルなど考えられない。彼女の持つ、みんなを包み込む温かさ。それに触れていくうちに、人々は彼女の周りに集い始めた。そして、それはルアンも。
後ろにはジェイドがいる。ルアンは深呼吸すると、意識を集中して力を引き出した。
彼がやろうとしているのは獣化だが、戦うためではない。必要なのは、ラディンバルと話すための力だ。そのため、見た目は人間のまま、ラディンバルと会話できる機能だけを呼び覚ます。
【ラディンバル、落ち着いてください】
ルアンの発した声は、彼とラディンバルたちにしか理解できない。ジェイドには、ルアンが何を言っているのか分からなかったが、じっとその様子を見守っている。
人間の姿をしたルアンが突然、自分たちの言葉を話したことに驚いたのか、ラディンバルたちが警戒して姿勢を低くした。その中から、リーダーと思しき個体が進み出て、低い声でルアンに尋ねる。
【なぜ、お前は我々の言葉が分かる?】
【僕の中には、ラディンバルの力が宿っています。サイモアの人体実験によるものです】
【ならば、お前の中にあるその力は我々の仲間のものか】
【はい】
ルアンの言葉が嘘ではないということは、ラディンバルの鋭い感覚を持ってして信じてもらえたようだ。しかし、そのことを悲観的に語るわけではないルアンを見て、先ほどのリーダー格らしきラディンバルがその真意を探ろうとする。
【それで、お前はどちらの味方なのだ?我々を苦しめた憎い人間か、それとも我らか】
【そうですね……あなたたちが僕の仲間たちを傷つけると言うのなら、僕は人間側でしょう】
ルアンの返答に、黙って聞いていたラディンバルたちも激しく吠え始めた。それを制するように、ルアンは続ける。
【しかし、人間といってもすべて同じとは限りません。僕は、ここにいるジェイド様に助けられ、こうして生きています。苦しめる人間もいれば、救いの手を差し伸べてくれる人もいる。僕は、ジェイド様と最後まで戦います。あなたたちがこれからどうするのか、僕にどうこう言えることではありません。ただ、人間だからというだけで、そのすべてを憎まないでいただきたい】
吠えかかっていたラディンバルたちも、ルアンの真剣なまなざしに、いつの間にか口を閉ざしていた。そして、リーダーにどうするのか、という視線を向けている。
ルアンの言葉をじっと聞いていたリーダーは何かを考えていたようだったが、やがて静かな口調で問いかける。
【……お前は、どう思う?】
【どう、とは?】
【人間と、我らと。その両方を持つお前は、何を思う?】
ルアンは、それに対して即答する。
【僕は僕です。人間とか、ラディンバルとか……もちろん、悩んだ時期もありました。でも、ジェイド様はそれを知っても変わらずに接してくれます。大事なのは、種族ではなく、その個々の違い。僕は、そう思います】
【お前は、我らをどうするつもりだ?】
【僕たちに襲ってくるのなら、それ相応のことをしなくてはならないでしょうね。でも、僕の方から攻撃するようなことはしません。僕らは、あなたたちと戦うことは望んでいない】
しばらく、目を合わせたまま双方は膠着状態となる。しかし、決して睨みあっている訳ではない。
しばらくして、リーダーが後ろにいた仲間たちの方を振り返った。
【我らは、我らを苦しめたサイモアの者どもと戦う。行くぞ!】
そして、リーダーを先頭にしてサイモアの町の方へと駆けて行った。最後の言葉を聞いたルアンは、ほっと胸を撫で下ろし、獣化を解く。
「はぁ~、あいつら行ったか。何かあっちに走ってったけど、大丈夫なんだろ?すげぇな、お前」
ルアンの隣まで下がってドクドリスとの間合いを取ったリベランティスが、去っていくラディンバルたちの後姿を目で追った。
「いいえ、話をしただけですから」
そう言って、ルアンは首を横に振った。
「やっぱり、何か臭うと思ったんだよな。ラディンバルだろ?」
「ばれてましたか」
ルアンは少し戸惑いながらも微笑んだ。この人には、ばれている。それはルアンにも分かっていたことだった。分かってはいたが、ラディンバルはマクウェルの天敵である。自分から言い出すには少々気が引けていた。
しかし、だからといってリベランティスがどうしたというわけでもなかった。
「ま、鼻はいいんでね。で、そっち終わったんなら手伝ってくれよ。こっちはまだいるからよっ、と!」
話をしながらも、ドクドリスの方には気を配っていたらしい。目前に迫るドクドリスに回し蹴りを食らわせながら、リベランティスは再び戦闘に戻る。
「行くぞ、ルアン」
剣を抜いたジェイドが、よくやったなと言うようにルアンの背中を叩き、ドクドリスに向かっていく。
「はい!」
ルアンも手足を獣化させると、その中に身を躍らせた。
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内部に何とか潜入することのできたアストルたちだったが、入ってすぐに感じた違和感。いくらなんでも、静かすぎる。ラディンバルが通った後だったからなのか。それにしても、人がいない。ラディンバルの餌食になった人がときどき床に横たわってはいるものの、外にはあれだけいたサイモア兵の姿は一人も見当たらなかった。
そして、そのわけをすぐに思い知ることとなる。
しばらく通路をまっすぐ進んで行くと、数メートル先のわき道から誰かがやってくる気配がした。一行は足を止め、様子を伺う。
「こいつがいたから、この階に人が見当たらなかったのか……」
アストルは目を丸くする。そこから姿を現したのは、2メートルはあろうかという大男だった。その目は血走っていて、そこに立っているだけで凄まじい殺意を感じさせる。ぶつぶつと何かつぶやきながら壁を殴ると、音をたててその壁に穴が開いた。その衝撃で、アストルたちの立っている近くの壁までひびが入る。
この男には、ブレーキが利かないのか。感情のままに、動いているように見える。おそらく、巻き込まれると感じたサイモア兵たちは1階から引き揚げているのだろう。
男は、アストルたちのいる方へ向きを変える。その姿に恐怖を覚えながらも、一行は戦闘態勢に入った。アストルたちが目指すべきはもっと上の階だ。ここで足止めを食っている訳にはいかない。
その時、シルゼンが前に出た。その瞳は、まっすぐその男を捉えている。男もシルゼンに気がついたのか、その目を見開き釘付けになっていた。
「あいつは、俺ひとりに任せてくれ」
「シルゼン……あいつが、そうなのか?」
アストルは、その様子からピンとくるものがあった。この間、決着をつけると言っていたシルゼンの弟のことが頭をよぎる。
「ああ。先に行ってくれ」
シルゼンはアストルの問いかけを肯定し、先に行くよう促す。
「……分かった。行くぞ、みんな!」
少し迷ったが、アストルは頷いて、気を取られている男の傍を素早く通り抜けた。慌てて、クローリアたちもそれに続く。幸い、男の意識はシルゼンの方にしか向いていなかったため、全員突破できた。
「アストル、いいの?」
走りながら、クローリアはアストルに尋ねた。
「あいつ、シルゼンの弟なんだ。任せよう」
クローリアは驚いた顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
アストルたちはシルゼンと別れ、ザイクの元を目指す。