戦いの先に待つもの②
二発目の砲撃が始まった。これも、先ほどと同様にして防ぐ。順調に船は前進し、かなりサイモアに近づいた。
それを確認した一号機が、徐々に高度を下げる。
「ちょっと、失礼しやすよ」
牛丸が操縦の方に魔力を残しつつ、扉をわずかに開いて弓矢を構える。放たれた複数の矢は、港の付近を守っていた兵士たちの周りに突き刺さった。円形に刺さった矢から赤い光の線が中心へと向かい、星の印を組む。その範囲内にいたサイモア兵たちは、見えない壁のようなものに身動きを封じられ、訳が分からないといった顔をしている。
牛丸が魔法を行使したことで、少し機体が揺れる。しかし、すぐにバランスを取り直すと、一気に降下し始めた。
「失礼しやした。あそこに降ろしますんで、準備してくだせぇ」
機体が、先ほど動きを封じたサイモア兵たちの周辺に近づいた。驚いて見上げてくるサイモア兵たちを見下ろしながら、機内から次々と人が飛び降りる。
「攻撃してこない者に手を出す必要はない!王子たちが進む道を作るんだ!」
そう声を張り上げ、京月は短刀で手のひらに傷をつける。その滴る血を懐に忍ばせておいた神布に含ませ、術を行使する。
「駆けろ、白虎!軍艦を食らえ!」
その呼びかけに応じ、雪を思わせる真っ白な毛並みを持った巨大な虎が召喚された。虎が咆哮する。地響きがするかと思うほどのそれは、周囲にいたサイモア兵たちを怯ませた。
白虎は京月の指示通り、サイモアの軍艦目がけて突進していく。他の術者たちもそれに倣い、次々とサイモアの軍艦に襲い掛かる。その攻撃により、サイモアの軍艦は動きを封じられていった。その隙にレティシアの軍艦やキルディアの船が港に入り、中からぞくぞくと戦士たちが姿を現す。
「大蛇、京月を狙う輩を蹴散らせ。絶対に、近づけるなよ!」
京水が神布術を使って呼び出したのは、巨大な蛇だった。その強さは見た目と遜色なく、サイモア兵たちを薙ぎ払っていく。しかし、京水の命令通り、京月を狙う兵士たちを優先している。しかも、その時の大蛇の目つきは、京月に近づく男性に対して向けられる京水の鋭い視線を彷彿とさせた。
「うーむ……京水殿の呼び出すものは、どこか禍々しいですな……」
「それは、ご本人があれなのだ。仕方あるまい」
その傍で戦っていた術者たちが、京水には聞こえないように、やれやれとため息を漏らした。しかし、すぐに自分たちに襲い掛かるサイモア兵たちに気がつき、神布術を展開する。
サイモア兵たちを退けていく京月たちに続いて、一閃と天音も地上に降り立った。そこにロロたちマクウェルも加わり、一気にアストルたちが内部に入るための経路を確保していく。
アストルたちは、体力の温存目的も含めて、一番最後にレティシアを出発していた。船で向かった人たちが、ある程度サイモアに近づいてからという話になっていたためだ。
できるだけ早く行動したつもりではあるが、果たしてザイクを止めるだけの時間が残されているのか。しかし、やるしかない。
三号機は、サイモア付近の上空を旋回しながら、一号機の連絡を待っていた。
そして、ついに機内の無線が入る。バドがそれに対応し、連絡が途絶えるとアストルたちの方を向いた。
「よし、連絡が入った。こっちも行くぞ!」
バドが旋回を止め、サイモアへ向けて動き出す。
「頼むぞ、みんな」
アストルは、同行してくれたみんなの顔をひとりひとり確認した。それに対して、みんなは頷く。
眼下に、サイモアが見え始める。すでに、各国の戦士たちは上陸しており、サイモアと激戦を繰り広げていた。数では押され気味のサイモアだったが、お得意の神石兵器を投入してそれに対抗している。
遅れて出発したアランやルクトスたちの増援も、もうすぐやってくるだろう。京月たちには、それまで踏ん張ってもらわなくてはならない。
京月たちのおかげで、上陸することは割と簡単だった。サイモア軍の前衛が、だんだん後退している。軍艦も、さすがに自分の国に向けて砲撃することはできないのだろう。中に乗っていたサイモア兵たちが、武器を手に取って外に出てくる。
機内から降りたアストルたちは、サイモア兵の攻撃を防ぎながらサイモアの本拠地を目指して走った。その途中で、京月の傍を通り過ぎる。
「京月、そっちは大丈夫か!?」
振り返りざまに、アストルは京月に尋ねた。そうしている間にも、京月はさらなる神布術を発動している。
「ああ、そちらは自分のやるべきことに集中してくれ」
視線は向けず、声だけで京月は答えた。
「分かった!」
アストルも前を向き、ひたすら走った。みんなが開いてくれた道を、アストルたちは進む。
「ちっ、軍艦はもう使えないな。諦めて、外に出て戦おうぜ」
軍艦に乗っていたサイモア兵の男が舌打ちして、積んであった銃に弾を充填する。ガシャリ、という金属音を聞きながら、傍にいた仲間がぽつりと言葉を漏らした。
「……我々のしていることは、正しいのだろうか」
武器を準備する手は止めないまま、男はそれに応じる。
「おい、ザイク様に聞かれたら大変だぞ。確かにやり過ぎだとは思うが、すべての国がサイモアに統合されれば争いなどなくなるという考えは、間違っちゃいない。俺は、この国が好きだし、サイモアのために戦うさ」
「そうか……だが、俺たちがサイモアを想うように、彼らも自分たちの国を愛しているのではないだろうか……」
「……いちいち考えてたらキリがないぞ。俺は行くからな」
準備を終えた男は、さっさと外へ向かってしまった。残された男も、慌てて武器に手を伸ばす。
「おい待てって!……お前たちの国だもんな」
サイモア兵の男は、懐にしまっていた1枚の写真を取り出す。縁の方はボロボロになってしまっていたが、そこに写る妻と、その腕に抱かれた娘の顔に浮かべられた笑顔は、変わらずに輝いていた。
ふっ、と小さく笑みをこぼすと、父親は武器を握りしめ、戦いの渦中へと踏み込んでいった。
****
ザイクがいる建物の入り口に、アストルたちはようやくたどり着いた。警戒しつつも、一行はその巨大な扉の前に立つ。開けてくれと言って開くわけもないのだから、アストルが魔法で破壊しようと構えたその時だった。
上空から、何かが急降下してアストルたちの傍を通り抜ける。そして、それはそのまま飛んでいき、近くにあった家の屋根に舞い降りた。それが何なのかを確認して、真っ先に声をあげたのはクローリアだ。
「ドクドリス!?どうしてこんなところに……」
ドクドリスは、白衣を着た人間をくわえていた。おそらく、サイモアの研究者だ。ドクドリスは、ぐったりとしてピクリとも動かなくなったその人間を屋根に吐き捨て、じっとアストルたちの方を見ている。
「つまり、そういうことだろ~?」
「サイモアの実験で作られた生物だったルルか……」
口調こそ軽いものの、リベランティスの目は笑っていない。カルラとグレイは、ルルを守るようにしてその前に立った。
思いのほか危ない状況だと判断して、捨身覚悟で放ったのだろうか。
やがて、じっとアストルたちを見ていたドクドリスが、けたたましい鳴き声をあげる。それに反応したのか、仲間らしきドクドリスがどこからともなく飛んできて、どんどん数を増やしていく。
「はいはい、ここは任せとけ。適所適役、魔法はオレたちのが得意だぜ」
リベランティスは、誰かがここでドクドリスの相手をしないとまずいと悟った。ドクドリスの弱点は炎。ならば、魔法の得意なマクウェルたちにとっては、相性のいい相手である。リベランティスも、それなりに勝算があっての発言だった。ルルたちもその方がいいと考えたのか、アストルたちに先に行くよう促す。
しかし、そう話していると、開かないと思っていた扉が開き、建物の中から白衣を着た研究者らしき男性が2人、只ならぬ様子で外に走り出てきた。その顔には、恐怖が張り付いている。
「ひ、ひぃぃ!だ、だから出すのは危険だと言ったんだ!」
「だが、こうでもしないと、敵は止められな……ぎゃあああ!」
男たちの背後から、何かが襲い掛かる。そして、2人は振り返る間もなく、その餌食となった。
「と、言いたいところだけど、おいおい……ヤバいの出てきたぞ」
意気揚々と語っていたリベランティスが身を固める。2人に襲いかかったのは、巨大な獣の大群だった。鋭い爪、針のような毛並み、大きな体。その獣が束になって、研究者らしき男2人に群がっている。
「ラディンバル!?」
その姿を見たルルが、驚きと恐怖の入り混じった声をあげた。カルラとグレイも思わず後ずさる。
「やば……オレたちの天敵じゃんよ」
ラディンバルは、はるか昔からマクウェルたちの天敵だった。弱肉強食。マクウェルの先祖が大勢その犠牲になったと伝えられている。
しかし、神石というものができてから、マクウェルたちも力をつけ始めた。高い知能を生かして高度な魔法を編み出し、ラディンバルたちを倒すことに成功する。ラディンバルたちにはすまないと思いながらも、今まで犠牲になった仲間たちや、やらねばこれから犠牲になるであろう子供たちのことを思い、マクウェルの先祖はそうしたのだった。それでも、そうするためにどれほどの命が費やされたのかは把握し切れていない。
だがそれにより、古の大陸では、もうラディンバルに怯える必要はなくなっていた。ルルでさえ、本でしかその存在を知らない。しかし、刻まれた本能とでもいうのか、頭が警鐘を鳴らし続けている。
ラディンバルは、建物の中から勢いよく外に飛び出してくる。サイモアで飼われていた……というより、実験体にされていたのか。
気づけば、すっかり入り口付近はラディンバルの攻撃範囲内に収まってしまっていた。
「こっちは、僕たちに……僕に任せてもらえませんか?」
その様子に、ルアンがラディンバルの方を悲しげに見やりながら、静かにそう告げる。
「お前……じゃ、頼むわ。オレは勘弁」
ルアンから何かを感じ取り、リベランティスは鼻をひくつかせる。しかし、すぐに背を向けて片手をヒラヒラと振り、ドクドリスに向かって行った。それを追うように、魔法を形成しながらルルたちもその群れへと走っていく。
「私も残ろう」
ラディンバルの相手をすると言ったルアンと共に、ジェイドも残ると言った。
「アストル王子は、早く行ってください!ここは、僕たちが食い止めます」
ルアンが、アストルたちを促す。しかし、ラディンバルの群れは、次の照準をアストルたちの方に向けていた。これでは、行けと言われてもすぐには動けない。
すると突然、ルアンが雄たけびをあげた。その声は人のものではなく、獣と言った方がしっくりくる。
いきなりのことに、アストルたちは驚きを隠せない。その中で、いち早く“それ”に気がついたのはシルゼンだった。
「見ろ、注意があちらに向いている。今だ!」
シルゼンが、驚くアストルたちに扉の方を指さす。ラディンバルたちは、ルアンの方に一斉に視線を向けていた。今なら、内部に潜入できる。迷っている暇はなかった。
「ここは頼む!」
それだけ言い残すと、アストルたちは扉の隙間から、敵の本拠地に乗り込んだ。