表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルタジア  作者: 桜花シキ
第10章 選択の時
95/109

決意 ~シャンレル~

 リエルナと話が終わった後、アストルは父ルクトスの元へと足を運んでいた。

 レティシアに帰って来てからというもの、ルクトスはアランたちと今後について議論していたり、サイモアから解放され、今はレティシアで保護されているシャンレルの国民たちの声を聞いたりと、一国の王としての振る舞いを見せていた。後は自分たちに任せておけと言って、そういったものからアストルを遠ざけようとしたのは父の優しさだと、アストルも分かっている。しかし、遠目からせわしなく動いている父の姿を見ていたアストルは、それに違和感を覚えていた。

 前ならそこにいたはずの人物がいない。ルクトスの長年の側近だった、ジギルの姿がないのだ。サイモアに捕まっていたシャンレルの国民たちは、ザイクが隠していない限り、全員解放された。少し前にグレンに聞いた話では、シャンレルの人々を全員解放すると言ったザイクの言葉は嘘ではないらしい。約束を破って、後から不利な状況に陥るのを防ぐためだったのか、それともアストルの力が手に入れば、捕虜を置いておくメリットはもうないと考えたのか。何にせよ、その中にジギルの姿はなかった。

 彼は、アストルにとって祖父のような存在だった。基本的にルクトスがあまり叱ることをしなかったため、アストルが怒られた回数のほとんどはジギルによるものだ。それを煙たがることもあったが、アストルはジギルになついていた。彼が、自分のためを思ってしてくれていることなのにと、反発してから後悔したこともしばしばだ。

 彼は、ルクトスの足りない部分を補ってくれる存在だった。アストルにとっての、クローリアのように。その存在が欠けたまま、それでもルクトスは必死でこの状況を何とかしようとしている。そんな父を、アストルが放っておけるわけがなかった。

 いつまでも、自分の隣にいた人がそこに居続けるわけではない。いずれ、ひとりになるのだろう。けれど、人は脆い。ひとりで生きていくには、弱すぎる。ひとりでは、いずれ立ち止まってしまうだろう。アストルは、ここまで共に来てくれた仲間たちのことを思った。

 自分も、戦うと決めた以上、立つべき場所が、背負うべきものがある。もちろん、自分の意志で、そうすると決めたことだ。


 シャンレルの国民たちが集まる大部屋の前に立ち、アストルはその扉を開いた。

 扉の先には、30人いるかいないかのシャンレルの国民たちがいた。サイモアの捕虜になっていたのは彼らで全員のはずだ。数は、かなり少ない。あの時、水竜に乗って逃げられた国民たちは、どれくらいいたのだろうか。今、彼らはどうしているのだろうか。

 しかし、今はここにいる国民たちと話をしなくては。そう思い、アストルは国民たちに囲まれるように立っていたルクトスに声をかける。


「親父、ちょっといいか?」


 アストルの声に、ルクトスだけでなく、シャンレルの国民たちが一斉に視線を向ける。ルクトスは扉の前に立つアストルを見て少し驚いた顔をしたが、頷いた。


「アストル。ああ、もちろんだ」


 ルクトスの返事を聞き、アストルは民衆の中に足を踏み入れる。一瞬ざわついたが、アストルの真剣な表情に圧倒されたのか、自然とみんな口を閉じていった。

 父の前に立ったアストルは、迷うことなくまっすぐその目を見て自分の意志を伝える。


「親父、やっぱり俺、ただ見てるだけなんてできない」


「アストル……」


「俺のせいで母さんが死んだって言われても、言い返すつもりはない。でも、俺の世界は確かにここにある。俺はここにいて、戦うことができる。だから、守りたいんだ、みんながいるこの世界を」


 母の記憶の最後に綴られた、部屋に飛び込んできた時の父の顔は、今でもアストルの脳裏に焼き付いている。それは忘れられないだろうし、忘れるつもりもなかった。

 誰かに恨まれても、たとえ誰かの悲しみの上に立っていたとしても、それでもアストルが生きているということは疑いようのない事実だ。理由はどうあれ、彼は居場所を、生きていい世界をもらった。一度はそれを受け入れられなかったアストルだが、今は違う。その世界を、守りたいと願っていた。

 そして、アストルは国民たちの顔をぐるりと見渡した。様々な表情を浮かべた国民たちが、そんなアストルの顔を一斉に見る。一呼吸置いて、アストルは口を開いた。


「だから、俺は戦うよ。誰が何と言おうと、俺は行く」


 アストルの言葉の真意を、シャンレルの国民たちは知らないだろう。しかし、アストルの言葉は、確かに国民たちに響いていた。


「王子、やりましょう!」


 誰かが、そう声をあげた。

 それを皮切りに、シャンレルの国民たちが口々にそれに同意する。もちろん全員ではないだろうが、それでも鼓舞するには十分だった。その言葉は、アストルを後押ししてくれる。


「俺も行く。何十年経っても変わらないサイモアの悪循環を、いい加減断ち切る必要があるからな」


「ヴェインズさん!」


 気配を消していて気づかなかったが、壁に寄りかかるようにしてヴェインズはこちらの様子を伺っていた。ルクトスによれば最初からいたらしいが、ずっとその位置から見ていて、何か言うわけではなかったらしい。大鎌は背負ったままだったので、それは正解だったかもしれないとアストルは思った。しかし、こんなところに来たということは、何かあったら助け船を出すつもりだった可能性もある。今でこそこんな出で立ちだが、幼少期の彼は優しい人だったのだから。


「大丈夫なのか?」


 ヴェインズがアストルにそう声をかける。


「ああ、みんながいてくれるからな」


 アストルはその問いに、力強く頷いた。その姿に、ヴェインズは気づかれないように小さく笑みをこぼす。


「そうか……無駄な心配だったな」


「何か言ったか?」


 語尾が聞き取れなかったアストルは首を傾げる。しかし、ヴェインズは首を横に振ると、壁から背中を離して歩き出した。


「いや。俺は先に準備している」


 そう言って、ヴェインズは部屋を後にした。


 その後ろ姿を目で追っていると、ふいにルクトスに声をかけられた。


「アストル、ひとつ言っとくが」


「親父?」


 アストルは振り返って父の姿を確認する。その顔には、以前アストルに向けられたものと何ひとつ変わらない、温かな笑みを浮かべていた。


「俺の生きてる世界に、お前がいてよかった。これは、本当だからな」


 誰にどう思われようと構わないと思っていたアストルだったが、父のこの言葉に安堵を覚えずにはいられなかった。そんな自分を情けないなと心の中で笑いながらも、これくらいは許されてもいいのではと密かに思うのだった。

 

「ありがとう、親父」


 そして、アストルもそんな父に笑顔で返した。周りでは、シャンレルの国民たちが戦いに向けての決意をあらわにしている。

 サイモアを倒す。ついに、アストルの旅の終着点が姿を現し始めた。


 そして、最後の戦いへと世界は向かう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ